*story2day1pr これは巡り廻る物語、これは還り返る物語。\ 終わりを始めることを厭わず、始まりを終えることを嫌わず。 何もかも好ましく思わない、捻くれた作者の御伽噺。\ 夢は願いとなり、願いは世界となり、世界は夢となり。 思いは形となり、形は物語となり、物語は意思となり。\ ……となり……となり……となり。\ 何を語り紡げば良いのだろう? これを読む君のために、何を残せば良いのだろう?\ 今日で終わらせてしまったこの物語を 次の世界に伝える為に\ 壱弐参詩伍陸漆―― 全ての数字を揃えず踊る 全ての手順を踏まず躍る\ 最後は自分の大切なモノを殺めて、語り騙る物語を始めよう\ ――漆、七、しち――穢れた名前を賭して 全ての手順を失くす為に、全ての手順を台無しにする\ 【??】 「――私は」\ 私はこれで終わる\ 始めなかった私だから 始められなかった自分だから 終わってしまった思い出だから\ これが例え間違いだとしても―― 諦めるしかない、始められるはずがない、終わらせることしかできない\ これが例え許されないことだとしても 物語を終わらす為に、繰り返さない為に\ 終わらせよう     降わらせよう         下わらせよう\ ――この狂った物語を\ そうして、決意した私を嘲笑うかのように ……不意に聞き慣れない声がした\ 鬼の、狂った声がした\ 【鬼】 「――へぇ、驚いたな? あんたが殺したのか?」\ その声に振り返る\ ポケットに手を入れたまま、皮肉的な微笑を浮かべる鬼がいた\ 鬼の証である特徴的な頬の傷、物語を狂わせる神殺しの役者 不揃いに切られた黒髪、世の全てを憎むかのような眼光\ 人の罪を食み、人の罰を衒うモノ ……人でありながら、鬼に堕ちた人外\ 【??】 「……いまさらになって登場? 随分と重役出勤なのね」\ 私は彼から視線を外さず、手にしたナイフを身構える\ ……血にまみれたブレードナイフ 曇り空から差し込む陽光が、刀身に反射し彼を照らす\ 【鬼】 「っは! 遅れて登場するのが真の主人公ってな?  いつでもお偉いさんってのは、良いとこを掻っ攫うもんなんだぜ?」\ 彼はそう吐き捨てる その表情は、鬼に相応しい残酷な血染めの笑顔だった\ 【鬼】 「――さて、6まで集めたおれだが、あんたはどうするんだ?  俺の後釜についた、7さんはよ?」 【??】 「それについては決まってるわ――集めた貴方を殺すだけよ」\ 彼が集めたのは、数字\ 私の知る数並べ 鬼が集める数字の羅列 全ての物語を作る数字群\ 【鬼】 「そりゃ大いに感謝してもらいたいトコだな。  わざわざこっちから来てやったぜ」\ それは皮肉なのか本心なのか、私には知りようがない 私にはわからないまま――鬼は続ける\ 【鬼】 「実を言やぁ、ここに来る予定もこれを集める予定もなかったがな。  何の因果か、集める役者がおれしかいなかったんだよ」\ 彼はどこまでも笑う、昔を想い描き嘲笑う\ 私に皮肉じみた笑顔を向けたままで、彼はポケットから手を出す ――その手に持つは、あろうことか果物ナイフ\ 私を馬鹿にしてるのか、それとも自分自身の力の過大評価か 彼のエモノは、そんな生活観溢れる武器だった\ 【??】 「……何しにきたの?  他人の人生に無断侵入とか、やめてくれないかしら?」\ 私は物語を始める意思など、これっぽっちも微塵も持ち合わせてはいない この鬼にもそれくらいは分かる筈なのに\ ……いや違う\ そのぐらいの事を理解して欲しいのは――私だ 私の甘えだ、私の弱い心の所為だ\ そんな私の願いに気づいているのか、気づいていないのか それとも、気づかない振りをしているだけなのか――\ ――鬼は笑い続けたまま、私に相対する\ 【鬼】 「おいおい、あんたがおれに勝てると思ってんのかよ?  先代に後輩が勝てるとでも? 無謀にも程があると思うぜ?」\ 【??】 「わからないわよ、未来はいつでもわからないものでしょう?  誰にも分からない未来、知られない運命はあるわ」\ 【鬼】 「っは! そんなもんあるかっつーの」\ 【??】 「……わからないわよ?」\ 目の前のこいつは鬼だ\ 災厄を持ち込み、悲劇を生み出し、不幸を味方につける鬼だ ――未来を見る、そんな全知全能の神ではない\ 【鬼】 「っは! そうかもな? もしかしたら、あんたが勝つかもしれない。  人数で言えば、あんたはおれよりも人を殺してるからな」\ 皮肉を私の心に突き刺しながら、鬼は笑う\ 【鬼】 「けど、それは方法論の差異ってやつだ。  あんたは不意討ち、おれは真正面から」\ 【??】 「……その通りね」\ この鬼に言われなくても、わかっている\ 鬼と呼ばれるに相応しいのは私ではなく彼だ 鬼が選んだのは私ではなく――彼だ\ けれど     それでも         だからこそ\ 【??】 「――止めるわ、必ず。  こんな世界が続くというなら、私は死ぬまで反抗してあげる」\ 決意と覚悟を、言葉にする\ 【鬼】 「……随分と強気だな、何か策でもあるってわけか?」\ 【??】 「私としても、策があれば越したことがないけれどね。  こうも早く貴方が登場するとは、予想外だったわ」\ 【鬼】 「おいおい、無策で挑むってのか?  無茶苦茶だぜ――そんなんで、この俺を止められるのか?」\ 【??】 「やってみれば分かるわよ?」\ 【鬼】 「っは! そりゃそうだ!  そいつが1番簡単な確認方法だしな――」\ 鬼が笑いながら私の言葉を聞き流し、保健室を見渡す\ ベッド、薬棚、机、薄汚れた照明 使い古しの流し台、日常と非日常が交錯する保健室\ この部屋で私は、1人の主人公と、彼が守ってきた存在を手にかけた\ 【鬼】 「――それにしても、こんな所でおっぱじめるつもりかよ?  物語にゃあ相応しい舞台ってもんがあると思うぜ?」\ 【??】 「いいじゃない、移動するのもメンドクサイし。  私達には相応しい場所だと思うわ」\ 【鬼】 「っは! 馬鹿鬼と馬鹿女にゃコレがふさわしいってか!  重畳だ、どこどこまでも笑わせてくれるぜ」\ 鬼は笑って私に向き直る ――その手には、私と同じくナイフが握られている\ 【??】 「……私たちは何をしてるのかしらね。  物語を終わらせる為だけに、どうして命の遣り取りをしてるわけ?」\ 【鬼】 「さぁなぁ? 運命ってやつじゃねぇか?」\ 【??】 「運命ねぇ……貴方からそんな言葉が聞けるなんて思っても無かったわ」\ 鬼のやろうとしているのは創造だ 次の世界の願いを変える改変だ\ 運命を変える為に世界を壊して、運命に従う為にIFを狩り尽くす それを繰り返す鬼から、運命という言葉を聞けるとは、何とも因果な話だ\ ――私は溜め息をつく\ 【??】 「本当にどうしてこんなことをするのか、私にはさっぱりわからないわ」\ 【鬼】 「っは! 笑いたけりゃ笑えばいいさ。  あんたは、自分の行動を端から端まで説明できるってか?」\ 【??】 「もしかしたら、できるかもしれないわよ?  端から端まで説明してあげましょうか??」\ 【鬼】 「なら、おれの前に対峙してる理由でも説明してみろよ」\ 【??】 「さぁ、どうしてかしら?  私には微塵も分からないわね」\ 【鬼】 「っは! ははは!」\ こんなこと単なる自己満足でしかないのだから\ 非日常に慣れてしまった、薄汚れた私の手 いつもの作業、手慣れた血の感触\ 私は、どうして彼を殺さなければいけないのか\ 【??】 「……夢ばかり追い求めて、自分勝手に生きて、いい加減にしなさいよ」\ 血にまみれた両手、血で染めたシーツ、血に染まった制服\ 【??】 「苦労するのはこちらなんだから。  たまには周りの迷惑を考えて行動しなさい」\ 【鬼】 「……っは! っははは! あっはははははははは!  それがおれと戦う理由ってか!? っはは! あっはっはははは!」\ 笑い声が部屋の中に響き渡る\ ただただ腹を抱えて私を笑う鬼と ただただ腹を立てて何もかもを否定する私\ 笑い声が、この部屋を満たす ――私には堪えられなくて、とうとう自分から仕掛けた\ ; SE&背景変化「キィン」 【鬼】 「っっと! あっぶね!」\ 練習し反復し、一度も反応されたことの無い奇襲が、あっさりと防がれる\ 呼吸を、重心を、視野を、死角を その全てを見越した攻撃が――あっさりと防がれる\ 私が持ったブレードナイフより、1回りも2回りも小さな果物ナイフで\ 【??】 「……笑えば良いわよ、私は絶対認めないから」\ ……これが防がれるか 渾身の一撃も、彼にとっては単なる牽制程度なのだろう\ 【鬼】 「ああ、思いっきり笑ってやるさ。  てめぇなんざに認められたくもねぇよ」\ やっと笑い声を収めて、彼は間合いをとる\ 【鬼】 「勝手にやるさ、気ままに生きていくさ。  それがおれっていう鬼の生き様だよ」\ 【??】 「勝手にやってれば良い、気ままに生きていれば良い。  何かに追われる様に生きてれば良いわ――私は、絶対、止めるから」\ 例え敵わずとも、私の命を賭してでも\ 【鬼】 「っは! てめぇは哀れだな」\ 【??】 「っ!」\ ; SE「カランカランカラン……」 笑いながら彼は、手にした果物ナイフを床に投げ捨てる\ 人を小馬鹿に笑いながら、無遠慮に私の自尊心を破壊する\ 【鬼】 「来いよ、てめぇごとき素手でも勝てらぁ」\ 徒手空拳で身構えもせず、こちらを挑発する\ 【??】 「――本当に、貴方は何がしたいのかわからないわね」\ 【鬼】 「っは! 決まってるだろうが」\ 私と鬼との視線が絡みあう ――鬼の冷たい視線が、私の体を嘗め回す\ 動けない 隙だらけの鬼、武器も持たない鬼、誰にも容赦しない鬼\ 私程度では彼を傷つけることも叶わない――そんな予感が、背筋を伝う\ 【鬼】 「何をするって、決まってんだよ、んなこたぁ」\ そして停止した私の前で\ 鬼は優しく見守るように言葉を紡いだ\ 【鬼】 「――となりにいる、あいつを助けるんだよ」\ *story2day1morning 1983年6月29日、水曜日。\ ああ、これは夢なんだ、と夢の中で気づく。\ だって有りえないだろう? 無為に無目的に――俺が殺されるなんて。\ 脇腹を一刺し、分厚いナイフで内臓を抉られる感触。 自分の吐き出した紅い液体が生暖かい\ 息が出来ない、声が出ない、目が見えない。 声が聞こえない、思考が纏まらない、手の震えが止まらない。\ なぜ俺は殺されるのか、どうしてこの人に殺されるのか―― 頭の中に疑問符が、波紋のように広がり弾け、消えてゆく。\ 痛みとともに消えていく。\ 保健室、切音先輩、ナイフ、殺人、アニメ、奈々。 樹、樹、樹、樹、ネコミミ、笑顔、雨、美知代さん、樹、樹。\ 訳が分からない。\ シーツ、屋上、樹、樹、樹、風、大嫌いになったおじさん、金網。 空、奈々、久上先輩、夢、将来、病室、涙、樹、樹。\ 支離滅裂な過去の風景。\ 手が届かない星、奈々の手、竹刀、あの頃。 樹、樹、樹、学校、試験勉強、蜻蛉、    樹。\ 流れていく風景が未来となり     流れていく音が色になり        流れていく記憶が夢となる。\ 【彼方】 「           」\ 自分の声が、聞こえた気がした。\ 【彼方】 「…………」\ そこは、幻獣を司る月が支配する世界でも、βが侵略する世界でもなく。 ――至極真っ当に、自分の部屋だった。\ 【彼方】 「……」\ なんというか、めちゃくちゃ目覚めの悪い朝だった。\ 夢見が悪いってレベルじゃなく。 悪夢と呼ぶには言葉が足りない、酷い夢だった気がする。\ 【彼方】 「……ストレスを溜めすぎると、夢見が悪いって言うけど」\ ストレス → 睡眠が浅い → 夢をよく見る。 だから、悪い夢を見るようになる確率も上がる、そんな確率論。\ そもそも現実も悪いなら、夢という幻想だって悪くなる。 そんな、現実と幻想のリンクした説。\ どちらも、いつしか読んだ本の受け売りだ。 ――確か、中学校の時の図書館で読んだ本だったか。\ ああ、図書委員のおさげの可愛らしい女の子は、今どうしているだろう?\ なんて、郷愁感を漂わせつつ、俺、部屋、夏。 6月29日、初夏。\ 【彼方】 「それにしても、なぁ……」\ 寝癖のついた髪の毛を掻き分け、頭をボリボリかきながら上半身を起こす。\ 夢の内容を思い出す。\ 日本人の愛されるべき伝統、譲り合いの精神を発動! 俺は百歩譲る! ……百歩譲って、前半は良しとしよう。\ 切音先輩に殺されるとか、普通に考えればありえない。\ やけに生々しい感触だとか鉄のすえた臭いやら―― リアルすぎる夢だったが、自分の妄想力の逞しさに惚れ惚れするとしよう。\ 世の中の男子高生の妄想力は異常。 夢の前半については別にいいや、スルースルー。\ ――問題は後半なわけだが。\ 【彼方】 「……思い出すのも億劫だな、胸焼け一杯、腹一杯だ」\ 過去の風景を延々と繰り返す、そんな夢。 ありがちな風景と透明な匂いが織り成す、胸糞が悪くなる夢。\ マジで胸糞わりぃな。 懐古と記憶と後悔を見せつけられる方は、たまったもんじゃない。\ 【彼方】 「……はぁ」\ まぁいいさ、起床だ、起床なのである。\ カーテンの隙間から侵入する陽光が、激しく自己主張している。 ――今日は晴れです、晴れなのです。\ そうですか、晴れですか、今日も暑くなりそうですね、太陽さん。\ まるで僕らの明るい未来を暗示しているよう。 何ともかんとも、晴れやかな天気になっております。\ 【彼方】 「…………」\ はてさて、察しの良い方はもうお気づきであろうが。 ――今日も俺のベッドは2人用になっていた。\ 上半身を起こした俺の横には、1人分の質量だけ膨らんだ布団。 説明するまでもあるまい、奈々に決まっている。\ 【彼方】 「またかよ……」\ 神足奈々――胸を張って自慢できない幼馴染、Part1である。\ はいはい、そうですか。 今日も予定調和でツッコミな一日の始まりですか、さいですか。\ いいだろう、これは俺への挑戦だな? どこまでツッコめるのかを試しているんだろ、なぁ作者さんよ?\ 【彼方】 「……ふっふっふ、そうはいくかよ、べらんめぇ」\ ――いつまでもそんな三文役者に甘んじている俺だと思うなよ? 人間って素晴らしいんだぜ? だって成長する葦だから!\ だから、俺は華麗にスルーします!\ やったんだZE☆ 見て見ぬ振りスキルを手に入れたんだZE☆ 取っちゃヤダZE☆\ 【彼方】 「……ぎゃぐま○がびより〜♪」\ うん、パロディはこの辺にしてそろそろ物語を始めようか。\ 上半身を軸にして、ベッドから片足を下ろす。 ――安っぽい音を立ててスプリングが軋み、緩やかな波紋が生まれる。\ 【切音】 「……ん……」\ 振動を感じ取ったのだろう。 奈々が、睡眠中にも関わらず声を上げる。\ ベッドから立ち上がると同時に、微かな揺れがベッドを再び襲う。\ 【切音】 「……ん〜〜……」\ 非難の声だろうか。 奈々の、声の調子が幾分違って聞こえるのはきっと気のせいだ。\ 気のせい気のせい、そう、俺はスルースキルを会得したんだ。 このくらいの違和感なんて、見えない言わない聞こえない。\ 【切音】 「……ん……朝?」\ そうですね、朝ですね。 いやぁ目覚めの良い朗らかな朝っすね、奈々さん。\ 奈々ってば、飽きもせず潜り込んできちゃうなんて、お茶目さんだなぁ♪\ だからいいだろ? 作者よ? 誤字だよな? 脱字だよな? 編集ミスだよな?\  【切音】 「御園くんって早起きだったのね――意外だわ」\ その切音って文字は誤植だよな!? バグくらい取ってくれよ、頼むから!?\ ああそうか、アレだ! ウィルスっすか! 奈々の文字を切音って変換しちゃう、俺的にクリティカルなウィルスか!\ な〜〜んだ、それなら安心安心!\ 【彼方】 「可及的速やかに再インストールをお薦めする!  さぁCDをもう一度ドライブに入れるんだ!」\ 【切音】 「……朝からよく分からない言動ね。  それとも朝だからこそ、よく分からないのかしら?」\ そう言って、布団からパジャマ姿で這い出してきたのは切音さんだった。\ ……切音さんだった?\ 【彼方】 「いや、ちょっと待ってくれ」\ 【切音】 「……ん? 何かしら?」\ 人差し指を額に当ててみる。 冷静になって考えてみよう、俺。\ そのまま天井を仰ぎ見る。 あ、あんなところにシミ発見。\ ……あれ? おかしいな? いつもの作者なら、奈々や美知代さんが来る展開だよね?\ 一拍を置いてベッドを見る。 まごうことなく切音さんがいた。\ 【彼方】 「え? 何コレ? ギャグ?」\ 【切音】 「朝から猿ぐつわプレイに興じるの?」\ そこで真っ先にSMに結びつけるなよ。 花も恥じらう淑女として、いかがなものなんだ。\ さすが切音さんと言うべきか。 ――いやいやいやいやまてまてまてまて。\ 【彼方】 「いや、ちょっと待ってくれ!」\ 【切音】 「2度目になって語気が荒くなったわね」\ 人差し指に中指を添えて、額に当てて考えてみる。 冷静沈着になって、じっくり腰を据えて考えてみよう、俺。\ そのまま天井を、仰ぎ尊び敬い見る。 俺の視線よ、天まで届け。\ あれ? おかしいな? いつもの作者なら、読者の期待を外して、誰もいないのがお約束だよね?\ 二拍の後は一拝です、ベッドを見る。 やっぱりきっぱり切音さんがいた。\ 【彼方】 「え? 何コレ? ギャグ?」\ 【切音】 「待った割には変化が無かったわね。  期待した私をがっかりさせないで頂戴」\ なんてことだ! ツッコミ役だった俺が、ボケ役に回ってしまっている!?\ この人と会話すると調子がどんどん狂うというか。 ――いやいやいやいやまてまてまてまて。\ 【彼方】 「いや、しばらく待ってくれ!!」\ 【切音】 「ちょっとが、しばらくになったわね。  私はいつまで待てばいいのかしら?」\ 人差し指に中指を添えて、額に当てて。 ――そのまま、切音さんに向けて腕を突き出す。\ 【彼方】 「魔貫光殺砲!!」\ 【切音】 「出ないわよ?」\ あれ? おかしいな? いつもの作者なら、ここは伏字にするのがマナーだよね?\ 三泊四日ハワイの旅、ベッドを見る。 きっちりきっかり切音さんがいた、KKKがいた。\ え? 何コレ?\ 【彼方】 「何でアンタが居るんだよ!?」\ 【切音】 「ギャグよ」\ 【彼方】 「ギャグだったーー!?」\ 【切音】 「というのは冗談よ。  そろそろ、私の出番かと思って」\ 【彼方】 「いや、まったくもって訳が分からないから!  出番とか意味不明すぎる! カオスにも程があるだろ!」\ 【切音】 「朝から御園くんは元気ね、低血圧とは無縁なようで何よりだわ。  ――元気な割には、溜まってない様だけど」\ 【彼方】 「人の股間を凝視するな! 何を期待してるんだ、何を!」\ 【切音】 「昨晩は右手の恋人とお楽しみだったのかしら?  でも、ゴミ箱には丸まったティッシュが入ってないわね……?」\ 【彼方】 「お願いだから、健全な青少年のゴミ箱の中身を把握しないでくれ!  プライバシー侵害と、セクシャルハラスメントだ!」\ 【切音】 「右手の恋人――私は両手を使うわ」\ 【彼方】 「いきなり何の暴露だよ!?  そういうことを単なる部活の後輩に話すなよ!」\ 切音さんは心底傷つけられた表情を浮かべる。\ 【切音】 「単なる部活の後輩だなんて……私の自慰方法を知ってしまったのよ?  これはもう責任を取って貰わなきゃいけないわね」\ 【彼方】 「あんたが勝手に教えたんだろ!  ――やめろ! 股間を凝視するな!」\ 【切音】 「自慰と聞いて、私のはしたない姿を妄想をするかと思って。  まさか、若いのに男性のシンボルが少しお役に立たないタイプなの?」\ 【彼方】 「っざけんな! バリバリ現役だ!  誰がEDだ、名誉毀損で訴えるぞ!」\ 【切音】 「これで興奮しないなんて、おかしいわね……。  やっぱり御園くんはアブノーマルな性癖をお持ちなのかしら?」\ 【彼方】 「やっぱりとは何だ、やっぱりとは!  極めてノーマルだ、普通だ、人並みだ!」\ 【切音】 「嘘ね、きっと御園くんはアブノーマルよ。  どんな愛でも受け止める覚悟はあるけど――お尻はやめてね?」\ 【彼方】 「人の性癖を決め付けた上に、具体的な詳細が酷く不名誉だ!  あんたとはいずれ、法廷で戦うことになりそうだな!」\ 【切音】 「だって、お尻は感じすぎちゃうの」\ 【彼方】 「だぁぁぁあああ!! てめぇの性感帯なんざ誰も聞いてねぇ!!」\ ……切音さんが、ベッドから立ち上がり、椅子に腰掛け、生足を組んだ。\ Yシャツに下着姿の切音さん。 ――どう見ても俺のYシャツだ! 何のエロゲーだ! 作者の馬鹿!\ 【切音】 「まぁ、私の性感帯の話は5分後に置いといて。  ここで御園くんに重大なお知らせよ」\ 【彼方】 「5分後にまたするのかよ……もう何なんだよ……」\ げんなりとしながら、朝イベントの元凶を見やる。 貞淑な女性像とやらをズタボロにした切音さんは、人差し指をピンと立てる。\ 【切音】 「御園くんのお父さんの会社が倒産しました。  重大というより絶望的な知らせよね」\ ………………は?\ 【彼方】 「へ?」\ 父さん? 倒産? 不渡り? 再生法? え、なに? 切音さんの言葉が理解できません。\ 【彼方】 「え、なに? ギャグ?」\ 【切音】 「3度目になるとさすがに天丼も行きすぎね……。  そう、残念ながらギャグじゃないわ」\ そう言って、切音さんはにっこりと悪魔のような笑みを浮かべる。\ 【切音】 「で、その御園くんのお父さんとお母さんだけど。  御園くんに多額の借金を託して、夜逃げしたわ」\ 【彼方】 「……よ……にげ……?」\ ちょ…………っとまてや、こら。\ 【彼方】 「なんじゃそりゃあ!!!???」\ 【切音】 「良いリアクションをありがとう。  これで御園くんも、リアクション芸人の一端を担えるわね」\ 【彼方】 「いやいやいやいや、まてまてまてまて、話の流れについていけません!  え、な、どういうこと? ドッキリ? え? 倒産?」\ 【切音】 「そう、倒産。 経営が行き詰まり、会社が無くなるって言う意味の倒産。  ――経営破綻とも最近は言うのかしら?」\ 【彼方】 「……」\ 絶句する。\ 近頃めっきり親父の残業が多いとは思っていたけど……。 それが倒産? 経営破綻? ど、どうなってんだ?\ 【切音】 「そして、御園くんに託された負債額だけど――」\ 【彼方】 「ちょっと待ってくれ! いや、待って、お願いだから!  聞くのが怖いよ!? どうしてニコニコ顔でそんなことを言おうと!?」\ 【切音】 「待たないわ。  ロマンスはいつも突然なの、諦めて頂戴」\ 【彼方】 「エクスカリバー並みの切れ味で、バッサリ俺の言葉を切り捨てないで!  あと、夜逃げや倒産のどこにトキメキがあるってんだ!?」\ 【切音】 「乞いに堕ちるの」\ 【彼方】 「そういうコイかよ!? 僕のこれからの生き様は乞食人生っすか!?  誰が上手いこと言えと!?」\ 【切音】 「そういうわけで、御園くんの借金総額は1億5680万4000円よ。  汗水をたらし、心身を捧げるつもりで、私に返済して頂戴」\ 【彼方】 「……いや、待てや……。  さ〜〜て、どこから突っ込めばよいことやら……」\ 【切音】 「私の性感帯は、クリト○ス裏と内腿と耳よ」\ 【彼方】 「なんてこった! もう5分経ったのか!?  そして、正直に性感帯の話題を蒸し返す貴方に脱帽だ!」\ 【切音】 「どこにツッコめばいいのか悩んでいるようだったから。  突っ込めば良いじゃない、私の穴という穴に」\ 【彼方】 「そういう意味じゃないし、俺の思考を読むな!」\ 【切音】 「前は良いけど、お尻は駄目よ?」\ 【彼方】 「もういいっつーの! そんな話をする場面じゃないんだってヴァ!  なんですか、そのどこかで聞いたことのある借金額は!」\ 【切音】 「端数を切り捨てても1億5千万ね、頑張って私に返済してね。  部活動の先輩後輩のよしみで、私が借金の肩代わりをしてあげたわ」\ 【彼方】 「お〜〜い……。  だから何から突っ込めば良いのか分からんって……」\ この展開って――いやいや、作者もそこまで馬鹿じゃないだろう? 引き返すなら今だぜ? これ以上のパクリ展開はやめとこうぜ?\ 【彼方】 「えっと、確認しますけど、今日はクリスマスじゃないですよね?  あと両親がギャンブルに嵌ってできた借金じゃないですよね!?」\ 【切音】 「夏も始まろうかという、6月29日水曜日よ。  それに立派な動機の負債よ、少しは御両親を信用なさい?」\ 【彼方】 「ですよねーー!」\ 【切音】 「だって宮本財閥とか、いかにもお金持ちっくな単語が出てるじゃない?  こういう展開のために伏線張ったのよ?」\ 【彼方】 「無駄な伏線を張りすぎだ!  もうちょっと物語の核心に絡めてくれ!」\ 【切音】 「ロリ臭を漂わすことは出来ないけど、私も漫画好きだし。  ああ大丈夫よ? さすがに、人語を解すタイガー的なペットはいないわ」\ 【彼方】 「誰のことを指しているのか、読者もわかっちゃう!  微妙な自重をしなくても今更ながらで意味がない!」\ 【切音】 「そんな訳で御園くんは、今日から私の執事よ」\ ああ、これはアレだ。\ 【切音】 「執事――それは戦うもの。  執事――それは仕えるもの」\ 【彼方】 「若本ボイスが脳内で再生される!?  声優って素晴らしいですね!」\ 【切音】 「さぁ、物語の冒頭を飾る、御園くんの叫びをどうぞ」\ 【彼方】 「今回はハヤテのご○くかよ!!!!!!!!」\ その通りです、本当にすみません。\ *story2day1morning2 【切音】 「じゃあ、今日からこの家で暮らすから、よろしくね?」\ 【彼方】 「…………」\ リビングのテーブルにて差し向かいで朝食をとりながら、俺、無言。 ちなみに2人の前に置かれた料理は俺が用意した。\ 目玉焼きonベーコン、焼いたフランスパンatオーブン、 トマトサラダwithドレッシング、仕上げにサーモンのムニエル。\ 料理の才能に関しては素直に遺伝してくれたらしい。 母親から受けた一通りの手解きのおかげで、簡単な自炊くらいなら余裕だ。\ ――その母親も、今や家にいないわけだが。\ 【切音】 「それにしても御園くんが、こんなに料理上手だとは意外だわ。  このムニエル、塩加減がいい塩梅よ」\ 【彼方】 「……それはどうも」\ 自他共に認めるお嬢様より、お褒めの言葉。 持参のナイフとフォークで、雅にベーコンエッグを切り分けている。\ ……どうして切音さんと朝食を共に取っているのだろうか、俺は。\ 【切音】 「これなら、私の食生活も今しばらくは安泰ね、安穏安穏」\ 【彼方】 「…………」\ 【切音】 「ん? どうかした? そんな捨てられた子犬のような目で見ないで頂戴。  将来の為にも、言いたいことがあるならはっきり言うべきよ?」\ 【彼方】 「……どんな将来を切音さんは描いているのか、お聞きしたいんですが」\ 【切音】 「あら、わざわざ口上させるの?  勘度の良い御園くんなら、言外で理解しているはずだと思ってたわ」\ 勘度って何だよ、日本語は正しく使えよ。\ 【切音】 「感度の良い私と、勘度の良い御園くん。  ――うふふ、びったりな夫婦ね」\ 【彼方】 「……恥を忍んでお聞きしたい、どんな未来なんですか?」\ 【切音】 「決まってるじゃない」\ 決まってるらしかった。\ 【切音】 「子供の数は10人以上を目指しましょう」\ 【彼方】 「結婚とかスッ飛ばして、出産の話からかよ!?  ああ! わかりやすいボケに、思わずツッコミをしてしまった!」\ ツッコまないようにしてたのに! 馬鹿! ツッコミ体質のバカバカ!\ 【切音】 「やっぱり、アメフトができるくらいの人数が欲しいわね……」\ 【彼方】 「さらっと何気なく言ってるけど多過ぎですよ!?  せめてサッカーくらいにしませんか!?」\ 【切音】 「当然2チーム分こしらえて、練習試合ができるようにしたいわよね?」\ 【彼方】 「したくねぇよ! そんな同意を求めるなよ! 頷けねぇよ!  どんだけ頑張るつもりだよ! 生活費だけで死ねるわ!」\ かわいらしく小首を傾げて、さも当然のような口調で言わないでくれ!\ 【切音】 「それくらい産めば、1人くらいデビルバッドゴーストが使える様になるわ」\ 【彼方】 「4秒2ですか!?」\ 【切音】 「きっと頑張れば出来るはずよ」\ いや、人間の筋力の範疇を超えてますから、アレ。\ ん? でも実際に走れる人いたんだっけ? ――というか、今考えるべきは光速ランのことか!?\ 【彼方】 「違う! 俺はこんな話をしたいんじゃない! おちつけ俺!」\ 【切音】 「御園くん御園くん、動揺のあまりに思考が声に出てるわよ?  少し落ちつきなさい?」\ くそ、切音さんが恐ろしく久しぶりにまともなことを言っている。 でもそんなの関係ねぇ!\ 【彼方】 「婚前交渉とか結婚とか初夜とか出産とか育児とか老後とか!  切音さんと、そんな話をしている状況じゃないんです!」\ 【切音】 「私としては色々詳しく話したい論題ばかりだけど……。  ん〜〜、確かに美味しいものは最後に取っておくべきよね」\ 【彼方】 「最後も最初もねぇよ! そういうことでもない!」\ 【切音】 「怒りの原因はカルシウム不足かしら?  ほら、牛乳飲む? 乳酸菌とってる?」\ 【彼方】 「カルシウムよりも、俺に対する周囲の労わり不足だ!」\ 【切音】 「ごめんなさい、今夜たっぷり労って、あ・げ・る♪  ――なるほど、ミルクを飲むのは私という訳ね?」\ 【彼方】 「なるほど、じゃねぇよ! 俺のイライラの原因は それだっつうの!  人の話を右の耳から左の耳に流さずに、通過点の頭で理解してくれ!」\ 【切音】 「あら、今夜ミルクを飲ますということは否定しないのね?」\ 【彼方】 「勝手にメグミルクでも頼んでろ! 色情魔が!」\ 【切音】 「ん〜〜、色情魔のエロ担当キャラ扱いは酷いわね。  煩くは言わないけれど、雇い主への言質くらい気をつけるべきよ?」\ 【彼方】 「そ れ だ」\ それだよ、俺が話したいのは。\ 【彼方】 「雇い主? どういうことですか?  どうして切音さんが俺の家にいて、俺が執事で主が君で!?」\ 【切音】 「落ち着きなさい? それなら私は鳩の立場が良いわ」\ 【彼方】 「ヤンデレに憧れすぎだ、おまいらは!」\ 【切音】 「原さんを目指して日々精進中よ  浮気は絶対に許さないわよ、浮気、ダメ、絶対」\ 【彼方】 「うるせぇ! さっさと善行のところに戻ってろ!  誰がてめぇなんぞと桃色雰囲気になるか!」 FWAGFWTWN、EPFWAGFWC、AMISS! くそっ! おもわず移動射撃をキャンセルして無限移動しちまった!\ 【彼方】 「切音さんの所為で、地の文もおかしくなってるじゃないですか!  どうするんですか! このままだと続編が出ないでしょう!?」\ 【切音】 「会話文もおかしくなってることに気づきなさい。  あと、オーケストラを黒歴史にするのはどうかと思うわ」\ そうですね!\ 【彼方】 「……本題に入るまでにどうしてこんなに疲れてるんだ……俺は……」\ 両肘をつき、額に両手を当てて俯く。 誰かあのAA頼む。\ 【切音】 「テンションが上がったり下がったり、御園くんは忙しいわね。  ……そうね、さすがに私も脱線しすぎたわ」\ 本気を出した俺の邪気眼に恐れをなしたようだ。 切音さんが姿勢を正す。\ 【彼方】 「……分かってくれましたか」\ 【切音】         【彼方】 「じゃあ、結婚式の日取りを「わかってねーーじゃねーーかぁぁああ!!」\ 【切音】 「……ツッコミ速度の速さに吃驚しちゃったわ。  作者が改ページを入れ忘れたかと思っちゃった」\ 【彼方】 「よくわからない感想はいらないから、今の状況を説明してくださいよ!」\ ;SEドン 朝飯が置かれたテーブルを強く叩き、切音さんを睨みつける。\ 【切音】 「御園くんはせっかちね、心地良い朝の空気をもっと楽しみましょう?  ほら、この目玉焼き、美味しいわよ?」\ 【彼方】 「……これが、心地、良いのか、あん、たは……」\ 目の前でベーコンエッグをパクつく切音さんを睨みつける。\ 【切音】 「わかったわ、ちょっと悪ノリしすぎたみたいね。  ごめんなさい、初日からDVは御免だわ」\ 【彼方】 「DVじゃねぇよ……ドメスティックじゃねぇよ……。  俺はいつから家庭持ちになったんだ……」\ 俺の本気な怨嗟に対して、ふぅと1つ溜め息。 ナイフとフォークを置いて姿勢を正す切音さん。\ 【切音】 「わかった、わかりました、わかればいいのでしょう。  ――質問を受け付けるわ、何でも訊いていいわよ?」\ よし! やっと俺のターンだぜ!\ 【彼方】 「どうして切音さんなんですか? 夜逃げって本当ですか?  借金ってマジですか!? コレって夢ですか!!?」\ 【切音】 「受け付けると言った手前、文句は言えないけど――質問が多いわ。  寝耳に水の話だから、御園くんが混乱するのも仕方ないと思うけど」\ 困ったような表情で切音さん。\ 【彼方】 「いいから答えてくださいよ!  こっちは借金やら何やら訳がわからないんだ!」\ 【切音】 「まぁまぁ、落ち着きなさい? ハンサムな顔が台無しよ?」\ そんなことをさらっと良いながら、切音さんが片手を突き出す。\ 【切音】 「エスナ」\ 【彼方】 「そんなんで俺の混乱が治るか!」\ 【切音】 「キアラル、マディ、モルフィス。  オーディナィシェイプ、ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜〜」\ 【彼方】 「やめろ! 全方面各位から苦情がきそうな呪文を唱えるな!  それと最後のは、状態異常の回復呪文じゃないからな!?」\ 【切音】 「わかったわよ、もう――御園くんは本当に真面目よね」\ 呆れた様子で彼女が人差し指を立てる。\ /場面転換/ 【切音】 「じゃあ、まずは状況の再確認をしましょう。  ――御園くんのお父さんの会社が倒産した、ここまでは信じてくれる?」\ にわかには信じられない話だが。 ここを認めないと話が進まないことくらい、俺にも理解できる。\ 実際に母さんもいないし、親父もいない。 親父の携帯に電話をかけてみたが、繋がる気配もない。\ 【彼方】 「……非常に認めたくない事実なのですけどね。  わかりました、信じましょう、ええ、信じますとも」\ 【切音】 「それから……そうね、御園くんは知らないだろうけど。  御園くんのお父さんの会社って、宮本財閥の商売敵だったところなの」\ 【彼方】 「…………は? 商売、敵、ですか?」\ 【切音】 「商売敵どころの話じゃないわね、言うなればライバル会社よ。  一時はシェアの3割くらい持ってかれたそうだから」\ ……残念ながら、経済学関係には精通していない。 だから、シェアの3割という数字がどのくらいの損益か想像もつかない。\ 【切音】 「自分たちが熨し上がるための卑劣な手段に比べて――  至極、真っ当に仕事をしてきた会社に、3割も持っていかれる」\ 彼女は、まるで他人事のように、淡々と説明していく。\ 【切音】 「うふふ、あいつらにしたら有り得ない商売の仕方で負けてたのよ。  より良い製品やサービスを――企業としたら当然のことなのにね」\ 嬉々として言葉を並べていく。\ 【切音】 「でも、彼らには理解できなかったのね。  裏に何か或ると疑心暗鬼になって、柳を幽霊と思い込むだけ」\ 【彼方】 「……柳、ですか」\ 【切音】 「例えが悪いかしら――勝手に、あそこはきな臭い、と決め付けてた。  野に咲くタンポポを、ラフレシアと思い込んでいたのよ」\ その例えもどうかと思います。\ 【切音】 「自分を高めようとせず貶めることだけに注力する――  それだけが取り得の企業と、ただ自分を高め続けた企業」\ 【彼方】 「……」\ 【切音】 「普通に考えれば生き残るのは後者。  ――けれど、想像と現実はいつも違うわ」\ 【彼方】 「……前者が、勝ったわけですか」\ すなわち、宮本財閥が勝ち、親父の会社は潰れた、ということか。\ 【切音】 「厳密に言えば違うわね。  勝ったのは、相手を貶めるだけの企業たち、よ」\ 【彼方】 「……」\ 【切音】 「数が集まれば劣勢になる――すべからく、兵法の基本よね。  多数決の原理というより、この場合は短所かしら?」\ つまり、親父の会社を疎む奴らが集まったわけか。\ 【切音】 「そこにいる10人の内、9人がそれはラフレシアと言う。  それだけでタンポポはラフレシアになるのよ」\ 忌々しく言葉を吐き捨てながら、切音さんは視線を俺に向ける。\ 【切音】 「そのうち、地球も恥丘に改名しちゃいそうよね」\ 【彼方】 「……しないから……10人中9人も言ってないから……」\ 【切音】 「それが真実なのかなんて関係ないのよ――  9人の利益になるなら、幻想は事実になる」\ 怒気か愁気か、判別のつかない感情を瞳に湛えて、俺を見つめる。\ 【切音】 「だからタンポポは無くなったわ――馬鹿な9人が1人を黙らせてね。  全てがラフレシアになる、この世界は素晴らしいわ」\ 【彼方】 「……」\ ――そういうことか、納得。 この人は絶対認めなさそうだけど、理解しちまった。\ その『1人』は恐らく、切音さんのことだ。\ 【切音】 「だから、御園くんは私を恨む権利があるの。  その性少年の悩みを、私の熟れた肉体へと存分にぶつけなさい」\ 【彼方】 「……ぶつけませんよ」\ 【切音】 「あら残念」\ だから、マジとボケをごちゃ混ぜにするなと何度言えば分かるんだ。 ――あと性少年じゃなくて、青少年な。\ 【彼方】 「全くもって残念そうじゃない顔で、何を言ってるんですか」\ 【切音】 「ん〜〜、その辺りの感情の機微は、レセプタ側の想像に任せるとして」\ 任せないで欲しい、そういうことは。\ 【切音】 「以上が、御園くんの会社が潰れた理由よ。  私の生家が、貴方の家庭をボロボロにした、それだけの話よ」\ 【彼方】 「そう、ですか……なる……ほど……ね」\ 【切音】 「理解した? じゃあ、そろそろ学校に行きましょ?」\ そう言って切音さんは椅子から立ち上がり、空になった皿を片付け始める。\ 【彼方】 「ちょっと待たんかい」\ 【切音】 「ん? 何? やっぱり執事の立場として後片付けは自分でしたいの?」\ 【彼方】 「そういうことでなくてですね……。  いや、そもそも執事の件は了承してないですし……」\ ――今までの説明で、どうして親父の会社が倒産したのかは理解できた。\ 親父の会社が潰れた、だから借金ができた。 ……オッケー、理解できる。\ 切音さんが借金を肩代わりする、だから俺は切音さんの執事となる。 ……事後承諾になっていることは、この際、良しとしよう。\ 問題は。 俺たちの借金を肩代わりする理由が、切音さんには無いということだ。\ 俺の借金を、切音さんが肩代わりするロジックの説明が無い。\ なんとなく、その理由がわかる気もするが、此処まで来たら訊くべきだ。\ 【彼方】 「……どうして切音さんが借金の肩代わりをするんです?  そこまでのことをしてもらう義理は無いと思いますが」\ 【切音】 「あら? 誰かを助けるということに理由が必要なの?」\ 【彼方】 「必要ですね」\ 世の常に満ち溢れている偽善の言葉を、にべも無く切り捨てる。\ 【彼方】 「嫌なんです、何か曖昧なままで次のステップに進むっていうのは。  ――なるべくなら、はっきりしておきたいんですよ」\ 【切音】 「言わぬが華っていうでしょう?  秘すれば花、秘せずば花なるべからず、能書きを連ねましょう?」\    曖昧模糊なのは自分    だからこその追求。\ 【彼方】 「風に狂言を散らせば誤魔化せると思わないで下さい。  ここだけはちゃんと説明してくださいよ」 【切音】 「ん〜〜、頭が固いわね、素直に喜んだら良いじゃない。  私が勝手にしたことで、御園くんのタメになったのよ」\    曖昧模糊に助けられるなんて    有り難いことを期待するのは辞めた。\ 【彼方】 「……そんな、うわべの言葉は聴きたくないです。  どうして、切音さんが俺を助けるんですか?」\ もう一度だけその質問を繰り返す。\ 【切音】 「……」\ 【彼方】 「……答えてくださいよ」\ 押し黙る彼女に詰め寄る。 ――その沈黙は、望んだものではないが、必要なものだと思った。\ 【切音】 「……」\ 【彼方】 「……」\ ことさらに切音さんと事を構える必要は無い。 それでも、俺から沈黙を破るつもりは無かった。\ 【切音】 「……鬼がいない、御園くんが頑張る、私も抗う」\ 【彼方】 「……?」\ その気まずい睨み合いが、意味不明の言葉で遮られた。 ……鬼? 何のことだ?\ 【切音】 「あつらえられた舞台じゃない。  貴方にとっても、彼女にとっても、私にとっても」\ 【彼方】 「……切音、さん?」\ 【切音】 「私は、鬼を消さなきゃいけないんだから」\ 消す、という単語が俺の背筋を震わす。\ それはまるで、今朝に見た意味の不明瞭な夢のようで。 何かが、俺の臓物を抉る感触が思い出される。\ 【切音】 「……」\ 【彼方】 「……」\ 沈黙の帳がリビングに落ちる。\ そして――\ ;SEぴんぽ〜〜ん\ ――脱力系のチャイムがリビングに響く。\ 【奈々】 「かっなった、く〜〜ん! あっそびまっしょ〜〜!  かっこ! 学校で! かっこ閉じる!」\ 脱力系キャラの声がリビングに響いた。 ……くそ。\ 【切音】 「とりあえず、朝の説明タイムは終了みたいね?」\ 俺の心情を代弁してくれる切音さんの言葉に、不承不承と頷く。\ 【彼方】 「……みたいですね、めちゃくちゃ不満の残る展開ですけど」\ 【切音】 「うふふ」\ くそ、作者め、伏線ばっかり張りやがって……。 消化不良で胃がもたれそうだ。\ 【奈々】 「かっっなっった、く〜〜〜〜ん!! ガッコいこ〜〜!」\ ;SEぴぽぴぽぴんぽ〜〜ん!\ 【彼方】 「聞こえてるから、朝から人の家の玄関先で叫ぶな!!」 【奈々】 「ラジャりました!」\ ;SEぴぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ〜〜〜〜\ 【彼方】 「うるせぇよ! チャイムを連打するな!  お前はどこの高橋名人だ!」\ 【奈々】 「はやくいこ〜〜!」\ ったく、あいつはどこまでゲームの展開を壊していくんだか……。\ 【切音】 「朝から熱いラブコールね」\ 【彼方】 「これがラブコールに聞こえるんですか。  ぜひとも耳鼻科に行くことをお薦めします」\ 【切音】 「あら? 1学期の定期検診で正常って診断されたけど?」\ 【彼方】 「……間違えました、脳外科の方へどうぞ。  あなた方は頭に花が咲いてますもんね」\ 【切音】 「そんなにシビアなツッコミしなくても良いわよ?  不機嫌なのは理解しているつもりだから」\ ……自分では抑えていたつもりだったが。 どうやら機嫌の悪さがオーラとして出ていたようだ。\ 【彼方】 「……だったら、ちゃんと説明を」\ 【切音】 「そうね――そのことは夜にでもしましょ? もうこんな時間よ?」\ 逸らした彼女の視線の先を見ると、時計の針は8時を10分過ぎた所。\ ;bgm変更 ……って、遅刻ギリギリじゃねぇか!?\ 【彼方】 「ちょ、何で教えてくれないんですか! このままじゃ遅刻ですよ!?」\ 【切音】 「あら、そうなの? 大体の時間は想像していたけれど。  話を続けたいオーラを出していたから、余裕だと思ってたわ」\ 【彼方】 「ぜ、全然余裕じゃないし! やばい! 1時間目は英語じゃないか!?」\ 氷室先生の授業に遅刻したら、期末でどんな問題が出るのかわからん!\ ;SEぴんぽ〜〜ん\ 【奈々】 「か〜〜な〜〜た、く〜〜〜ん! 遅刻するよ!」\ 【彼方】 「わかってる! 今すぐ行くから少し待ってろ!」\ 玄関から聞こえる奈々の声に指示を飛ばして、切音さんに向き直る。\ 【彼方】 「と、とりあえず一緒に出たら奈々に見られるんで、別々に出ましょう」\ 今の状況で、奈々に何と説明をしたら良いのか全くもって不明! よって、外に出るのを別々にすることがベター!\ 【彼方】 「暫定的ですが、合鍵を渡しておくので!  ……えっと確か、ここの引き出しに……」\ 【切音】 「それならもう持ってるわ」\ そう言って、彼女はポケットから見慣れた鍵を出す。\ 【彼方】 「どうして持ってるんだよ!」\ 【切音】 「決まってるじゃない。  御園くんの親御さんから、宜しくと託されたわ」\ 【彼方】 「あ、ん……の……くそ親父たちは……!」\ 渡しちゃいけない人物に渡すな! くそ、今の会話で2分経った、遅刻への未来が刻々と迫っている!\ 【彼方】 「わかりました、それは良いです、むしろ好都合です!  僥倖です!! 畜生、運が良いな俺はぁ!!!」\ 【切音】 「なんだか自暴自棄になってない?」\ 【彼方】 「ならなきゃやってられませんから!」\ 【切音】 「まぁいいわ、じゃあ先に出るわね」\ テーブルの傍に置いてあった鞄を持ち、リビングを出て玄関先に向かう切音さん。\ ;場面展開玄関\ 【彼方】 「いや待てやコラ、人の話をきいてましたか!?」\ がしっと切音さんの肩を本気でつかんで押し留める。\ 【切音】 「……? どうしたの?」\ 【彼方】 「うわぁ……。  心の底から不思議そうな顔してるよ、この人は」\ 【切音】 「だって家を別々に出るんでしょ? 先に出ようと思って」\ 【彼方】 「切音さんが先に出たら意味が無いでしょう!  手段ばかりで目的を達成できてませんから!」\ 【切音】 「そうなの?」\ 【彼方】 「そうです!」\ ;SEぴんぽ〜〜ん\ 【奈々】 「かっなた、く〜〜〜ん!!」\ 【彼方】 「聞こえているから、いちいち叫ぶな!」\ 【切音】 「ほら、御園くん愛しの奈々ちゃんが待ってるじゃない。  早く行きましょ?」\ 【彼方】 「だから、てめぇは、なに玄関のドアノブを回して、アッーー!」\ 回しちゃらめぇぇぇえええ!!\ ;SEガチャリ\ 【奈々】 「おっはよーだよ! 彼方くん! 今日も気持ちの良い……。  ……朝だよ、一緒に登校……しません……か……」\ 【彼方】 「……」\ どんどん尻すぼみになっていく奈々の言葉とテンション。\ 【奈々】 「……」\ 【彼方】 「……」\ 【切音】 「おはよう、奈々ちゃん」\ そして、場の空気を読まない馬鹿先輩の挨拶。\ 【奈々】 「……え? なにこれ? ギャグ?」\ 【彼方】 「……そうだな……ギャグだったら、どんなに良かったかな……」\ 【切音】 「じゃあ登校しましょう?  合鍵が本物か試したいから、鍵を掛けさせて貰って良い?」\ そんでもって誤解を深める発言が続きます。\ 【奈々】 「……あ、合鍵……」\ 【彼方】 「まて、これはちがくぁwせdrftgyふじこるぱ〜〜ん」\ 【切音】 「それと、今日は部活があるって響からメールが来てたわね……。  私は用事があるからパスね? 病院に行かないといけないのよ」\ 【奈々】 「び、病院……同棲……産婦人科……」\ 【彼方】 「奈々! どうして産婦人科と決め付けるんだ!?  切音さん! それ以上の誤解をまねく発言はやめてくれ!」\ 【切音】 「なにかしら? 私の性感帯に詳しい御園くん」\ 【奈々】 「……え゛……?」\ おいこら、あんたが勝手にしゃべったんじゃねぇか!?\ 【切音】 「ちなみに私の性感帯は、おへそと足の裏と腋だから忘れないでね?」\ 【彼方】 「朝と違うじゃねぇか!? 耳とかじゃなかったのかよ!?  あんたの肉体は1時間で変容するのか!?」\ 【切音】 「お尻は駄目よ? 感じすぎちゃうから」\ 【彼方】 「わかったっつーの! どんだけ天丼なんだ、あんたは!」\ 【切音】 「さっきの続きは帰ってきてからね?」\ 【彼方】 「もう遅刻しても良いから、奈々を含めて、今すぐしましょうよ!  このままじゃまるで、俺と切音さんが同棲しているみたいじゃないか!」\ ――いや多分、その通りみたいな感じになってるんだけど。\ 【奈々】 「性感帯が朝と違う!? お尻が駄目だとわかった!?  さっきの続きは帰ってきてから、あたしも含めて!?」\ 【彼方】 「し、しまった! 傍から聞いたらバカップルな会話!?  しかも3P気味!? 俺ってモテモテ!?」\ バックログ参照。\ 【彼方】 「落ち着け奈々!  俺は、ただ切音さんにツッコんでいただけだ! 深く考えるな!」\ 【奈々】 「切音さんに、突っ込んでいた!? 彼方くん、どういうこと!?」\ 【彼方】 「そういう意味じゃねぇ!!!」\ ;画面転換\ ……1983年、6月29日、水曜日。\ 今日も良い天気、世は安泰の極みにあったとさ。\ ……ちなみに遅刻しました。 畜生。\ *story2day1noon 【康平】 「午前中も終わり昼休みの喧騒。  自分たちは、何故か2人で昼食を取り合うわけだが」\ 【彼方】 「……」\ 授業も終わり、クラスの半数が席を外し、普段より閑散とした教室。\ 康平と向き合い昼食を広げる。 3時限後に共に買ってきた購買のパンを、康平の机上に置く。\ 対峙した康平は、呆れたような視線を送ってくる。\ 【康平】 「で? 今回のケンカは何が原因だ?  朝から奈々ちゃんが不機嫌で、オレとしては迷惑極まりない」\ 【彼方】 「……」\ ……ケンカでも何でもないんだがな、と口には出さず。 奈々の席にチラリと視線を向けた康平へと言葉を返す。 【彼方】 「……別段、なんでもない」\ 【康平】 「ってことはないな、奈々ちゃんの様子を見るに」\ くそ、誤魔化せないか……。 下手に付き合いが長い分、こういう時に苦しい良い訳が通じない。\ 【康平】 「2人揃って遅刻してきたから、朝から一線を越えたものだとも思ったが。  ……それにしては雰囲気がおかしい、何事だ?」\ その発想にもっていけるお前の精神に乾杯だ。\ 【彼方】 「……奈々の面倒を見ていて遅刻することなんか、何度もあっただろ?  少なくても1学期だけで2〜3回はあった」\ 【康平】 「だが氷室教諭の授業に遅れるほど、彼方も馬鹿じゃないだろう?」\ パックジュースに突き刺したストローの口を弄繰り回す康平。\ 【彼方】 「お前は俺を買いかぶりすぎだ。  ――英語ってことを忘れてただけだよ」\ 罪悪感なく嘘をつく。\ 【康平】 「ならば、奈々ちゃんの言葉に棘があるのはどうしてだ?  あんなにプリプリしてる奈々ちゃんは久しぶりだ」\ 【彼方】 「あいつだって人間だ、イライラしている日だってあるさ。  お前だって苛つくことぐらいあるだろ?」\ 【康平】 「ぬぬぬ……」\ 俺の煮え繰らない態度に、うめいた康平が目を伏せる。\ 【康平】 「そうか……生理か……」\ 【彼方】 「そういう発言を、サラリと思春期男子の前で言うな。  お前と違って、俺は繊細なんだからな」\ 【康平】 「まるでオレが繊細でないかのような扱いだ、心外だな。  心はかよわい乙女なんだ、もっと丁寧に扱ってくれ」\ 【彼方】 「心外どころか、侵害するつもりで言ってるからな」\ 【康平】 「なお悪い」\ そんな軽口を叩きあいながら、互いに牽制球を投げあう。\ 身の回りでツッコミ役を務めることが多い俺だが。 康平とだけは、真面目な会話をすることが(比較的たまに)ある。\ それが、こういう場面――俺と奈々に関わること。\ 【康平】 「仕方ないな、ここに奈々ちゃんを呼んできて一緒に昼食を取ろう。  さて、奈々ちゃんはどこに行ったか……」\ 【彼方】 「……おい……お前は何を提案してやがる」\ 【康平】 「いいだろう? 2人は喧嘩をしているわけでもないんだ。  幼馴染の3人で仲良く昼食を取ることに、何を躊躇うことがある?」\ 悪意に満ち満ちた笑顔で言うな。\ 【彼方】 「わかった話す、だからそれは止めてくれ。  昼食の3日分を奢ってもいい、秘蔵のコレクションを渡してもいい」\ 本気の本気で懇願した。\ 【康平】 「……本気で嫌がるとは思わなかった。  秘蔵のコレクションを持ち出すとは、随分とマジ話だな、彼方」\ 【彼方】 「まぁな」\ ――これ以上、伝聞形で事情が伝わるのは勘弁願いたい。 誰かに説明されるくらいなら、自分で暴露しといた方が良い。\ ただでさえ事態はややこしくなっているのだ。\ 【彼方】 「実は――かくかくしかじか――なんだ」\ 【康平】 「その擬音語だけで、今の状況が伝わると思うか?  説明省略に便利な古典表現が、こんな場面で通用するわけないだろう?」\ くそ……伝わらないか……。 物語を語る上で、最適な言葉を選んだつもりだったが。\ 仕方ないさ、作者。 腕を振るってテキスト量を増やす作業に戻るんだ。\ 【康平】 「……説明しにくいことか?」\ 空気を読んでくれたのか、幼馴染2番目が気を使った発言をしてくれた。 なんとも珍しいこともあるもんだ。\ 【彼方】 「気が進まないというより、どう説明していいのか、不明なんだよ。  ――正直、俺も全部を理解してるわけじゃないし」\ 朝の説明だけで全てを理解しろっていうのが、そもそも無理。\ それでも、こいつに分かりやすい説明をするとするなら――\ 【彼方】 「――切音さんは知ってるよな?」\ まずは大前提からだろう。 この人の事を語らないと話が始まらない。\ 【康平】 「切音さん、というと、宮本切音さんのことか?」\ 【彼方】 「そう、その切音さん」\ この学園に通っている学生なら、そのほとんどが知っているであろう有名人。 久上先輩と双肩を並べる、雲の上だった存在。\ 【康平】 「ふむ……」\ 腕を組み、記憶を探るように目線を巡らしながら、康平は言葉を続ける。\ 【康平】 「彼方の部活における先輩にして、宮本財閥の跡取り娘。  武道にも精通し、幾度か手合わせしたこともある」\ 【彼方】 「……面識もあるのかよ」\ 【康平】 「面識も何も、相当数の会話を交わしたが?」\ 【彼方】 「へぇ……?」\ この2人の会話ねぇ? 一体何を話しているのか、想像もつかないな。\ 【康平】 「例を挙げるとするなら――  彼方の過去における悪戯という名の、無邪気な犯罪をネタに盛り上がった」\ 【彼方】 「何を話してんだよ、お前は!  そんな特殊な話で盛り上がるなよ、世間話とかで盛り上がれよ!」\ 【康平】 「ある夏の日、彼方はお医者さんごっこを――」\ 【彼方】 「やめろ! 言うな、お願いだ!  地に落ちた俺の権威を、これ以上貶めないでくれ!」\ 【康平】 「スカートを、たくし上げるように命令――」\ 【彼方】 「ああああーー! やめて、おねがいだから! 俺が悪かったです!  土下座すれば止めてくれるんですか!? 止めてくれるんですよね!?」\ 【康平】 「ほら、ここ? それとも、ここ?」\ 【彼方】 「うわあああーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」\ こんな衆人環視の中で、僕の若気な好奇心の至りを説明しないで!\ 【彼方】 「うっ……うっ……違うんだ……ちがうんだよぅ……」\ 【康平】 「……良い歳した男が泣くなよ、お茶目な冗談だ。  いや、オレが悪かったから泣くな……な?」\ マジ泣き入っていた俺に、康平がポケットからハンカチを差し出す。\ 【彼方】 「うぅ……すまん……思わず幼児退行しちまった。。  慙愧と後悔の念で、しょっぱい水も垂れ流したよ……」\ 【康平】 「いいさ、誰にだって思い出したくない過去ってものはある。  それがトラウマに関わることなら尚更だ」\ 【彼方】 「……康平……」\ 思い出させたのはお前だけどな。\ 【康平】 「勿論、切音さんに話したというのは冗談だぞ?  親友の過去を暴露する趣味は無いからな、普通の会話だ」\ 【彼方】 「……そうだよな……いくらお前でも、そんなことを軽々しく話さないよな。  ゴメンな、ちょっと疑ってたよ、謝る」\ 【康平】 「彼方の偏った性癖について、共に語らっただけだ。  素晴らしい価値ある議論だった」\ 【彼方】 「……ヲイコラ」\ 【康平】 「大丈夫だ、オレの情報を素直に教えるのも、少し癪だったからな」\ 杓だか癪だか知らんが、お前らはなんつー話題で盛り上がってんだ。\ 【康平】 「彼方は、後ろが好き、と嘘を教えておいた」\ 【彼方】 「朝にしたカオス会話の元凶はお前か!?  伏線の回収が早いな、オイ! 10秒前の謝罪が台無しだ!」\ 【康平】 「それで? その切音さんがどうかしたのか?」\ 【彼方】 「さらっと話題を元に戻すなよ!  そんでもって後で訂正してくれよ!? 頼むからな!?」\ ……疲れるなぁもう。 気を取り直し、机の上のパックジュースを口に含んで一休み。\ 【彼方】 「……その切音さんの、親だか爺さんがやってる会社。  そこと、俺の親父の会社がライバルだったって知ってたか?」\ 【康平】 「いや、寡聞にして初耳だが――  そもそも、彼方の親父さんがどこに勤めてるかなど、オレは知らない」\ 【彼方】 「そりゃそうだ、俺も話した覚えもないし。  こっちが話したわけでもないのに、そんなことを知ってたら怖いっての」\ ……久上先輩あたりなら、把握してそうだが。\ 【彼方】 「で、簡単に言うと、親父の会社が負けて潰れたらしい」\ 【康平】 「――それは大変だな」\ 少しの驚きを含んだ口調で、康平が何気ない相槌を打つ。\ 【康平】 「慰めではないが、この資本主義の中で淘汰されていく企業は多いんだ。  珍しいことじゃない、落ち込む事ではないさ」\ 【彼方】 「いやそれ、マジで慰めじゃないからな……。  むしろ、そういう話は落ち込むな……」\ 【康平】 「話が逸れたな、それだと奈々ちゃんがむくれている理由にならない。  ――まだ、続きがあるんだろう?」\ もっともな促しですね。\ 昼休みの教室の喧騒の中、少しだけ声のトーンを落とす。 流石に、声を大にする気にはならないさ。\ ;背景転換 頬杖をつき、窓の外に広がる青空を見上げながら、溜め息交じりで。\ 【彼方】 「……そして親父たちは高飛び、俺には借金だけが残ってんだと。  おおよそ2億、馬鹿馬鹿しい数字だろ?」\ 【康平】 「それは――どこかで聞いたような話だな」\ 【彼方】 「きっと漫画の中だと思うぜ?  サンデーかな、マガジンかな? ちょっとおじさん、わかんないな」\ しかし、どこの世界に何の説明もせず姿をくらます親がいるんだか。\ 【彼方】 「で、俺は晴れて、めでたく愛でたい借金暮らしが始まるらしい。  な? 説明しづらい笑えない話だろ?」\ 【康平】 「……ん? さっきから気になっていたが、伝聞形だな?」\ 【彼方】 「っていうのを、切音さんから説明されたんだよ、今朝」\ 起き抜けにパジャマ姿でな。\ 【康平】 「それはまた――随分唐突な話だな?」\ 【彼方】 「だろ?」\ ;背景転換 【康平】 「なるほど、だから奈々ちゃんは怒っているわけか。  それなら怒るのも仕様が無い」\ 委細承知したというしたり顔で頷く康平。\ 【彼方】 「……今ので、全部理解できるのか?」\ 【康平】 「朝から2人して彼方のベッドでハッスルしていたら――  切音さんが登場して、そんな現実を突きつけたんじゃないのか?」\ 【彼方】 「断じて違う!」\ 【康平】 「違うのか!?」\ 【彼方】 「感嘆符つきで真剣に驚くな!  だいたい、最初にベッドに入っていたのは切音さんだ!」\ 【康平】 「お、オマエっ! 2股だったのか!? 最低すぎるぞ!  そこまで鬼畜だとは、さしものオレも思わなかった!」\ 【彼方】 「そうじゃねぇ! 何でもかんでも桃色状況に結び付けんな!  どっちにも手を出してねぇよ!」\ 【康平】 「……」\ 【クラスメイトたち】 「……………」\ ……クラスにいる全員から、疑いの眼差しが向けられてた。 ああ、興奮のあまり、声が大きくなってましたか、サーセン。\ 【彼方】 「あ〜〜、こほん、少し声がでかかったな。  いやぁ、悪い悪い、みんなゴメンな!」\ 【康平】 「いや、そんな爽やかキャラを演じても……。  今更すぎて意味が無いと思うぞ?」\ 【クラスメイトA】 「……躍起になって否定してもねぇ?……」\ 【クラスメイトB】 「……今更だよね〜〜? しかも何? 今度は三角関係?……」\ 【クラスメイトC】 「……ホント御園くんって鬼畜よね〜〜?……」\ 教室にいた噂好きの女グループの、ヒソヒソ会話をキャッチしました。\ 【彼方】 「うらぁ!! そこぉ!  俺と奈々は単なる幼馴染だっつってんだろ、聞こえてんだよ!」\ 【A&B&C】 「……ヒソヒソヒソヒソ……」\ 【彼方】 「これ見よがしに、俺から聞こえないような声量で話をすんな!  畜生! 名前すらないモブどもめ!」\ 【康平】 「落ち着け、彼女たちだって名前が欲しいはずだろう。  ただ名前の管理が大変だから、作者が付けたくないんだ」\ その通りです、申し訳ない。\ ……康平に向き直る。\ 【彼方】 「――朝起きたら、切音さんがベッドに潜り込んでいたんだよ。  別に何かがあったわけじゃない」\ 【康平】 「……どうやって彼方の家に忍び込んだんだ?」\ 【彼方】 「あ? ああ――親父の奴が切音さんに合鍵を渡してたから。  それで不法侵入かましたんだろ」\ 鍵でも無ければ、他人の家にそう易々と入り込めるわけがない。\ 【康平】 「彼方の親父さんが、どうして切音女史に鍵を渡すんだ?  意味が分からないぞ?」\ 俺もそれが知りたいがな。\ 【彼方】 「お優しい切音さんは、俺の借金を肩代わりしたんだと」\ 【康平】 「……どうしてだ?」\ 【彼方】 「その疑問は尤もだが、俺にもわからん。  3行くらいで誰か教えてくれると、凄く嬉しい」\ 【康平】 「……わからないことばかりだな」\ 【彼方】 「本当にな」\ 世界はああ無常、有情なのは断迅拳くらい。 俺が理解しているのは、この世界には馬鹿ばかりだけということだ。\ 【康平】 「しがない脇役でしかないオレには、陳腐な台詞しか思い浮かばないが。  ――頑張れ、きっといつか良いことあるさ」\ 【彼方】 「…………その割には笑顔だな、お前は」\ 言葉とは裏腹に、目の前の自称親友は爽やかな笑顔を浮かべていた。\ 【康平】 「当然だろう? 奈々ちゃんに続いて、切音さんまで争奪戦に参入だ。  親友の恋愛事情が多種多様になった、これを喜ばずして何を喜ぶ?」\ 【彼方】 「……優勝の暁には、副賞として借金1億5千万がつくけどな。  素敵な賞品すぎて涙が出るよ」\ ツッコむのも疲れるので、ダウナーな皮肉を返す。\ 【康平】 「彼方が忍に手を出す確率も、これで大幅に下がったしな。  ゴムの切れたバンジージャンプのように急降下だ」\ 【彼方】 「はいはい、いつものシスコンご苦労さん」\ また始まったか、この妹馬鹿は。 シスコンモードに入った康平は手に負えないので、華麗にスルー。\ 【康平】 「これで何度目かの忠告だか分からないが、何度でも繰り返すぞ。  オレの目が黒いうちは、忍に指1本触れさせんからな」\ 【彼方】 「触れないから安心しろよ……」\ 【康平】 「彼方の言うことは信用ならんな。  言葉よりも行動で示せ」\ 【彼方】 「どうやって示せと……神様がいるかいないか談義じゃないんだから。  お願いだから信用してくれ、それでも自称親友かよ?」\ 【康平】 「血判状を書くか? それとも誓約書を書くか?  もしも破ったら、オレは最高裁まで争う心積もりだが?」\ 【彼方】 「そこまでしねぇと信用できねぇのかよ!」\ 【康平】 「無節操一代男が何を言うか。  他人のフリ見て我がフリ治せの参照例が、偉そうに言うな」\ 【彼方】 「ひでぇ! お前はそんな風に思ってたのかよ!」\ ;場面転換 ……。\ そんなこんなで昼休みは康平の妹自慢で終わりました。 こいつの病気っぷりも異常だよなぁ……。\ ……。\ *story2day1afterschool 【奈々】 「思いついたよ!」\ 【彼方】 「……」\ 6限終了の鐘が鳴る。 と同時に、奈々が俺の席前で腕を振り上げ、いきなりの宣言をかました。\ 【奈々】 「そうだよ! 簡単だよ! 閃いたよ! スキル習得だよ!  切音さんが彼方くんの家で同棲するなら、コレしかないよ!」\ 【彼方】 「……」\ 6限終了までこっちの言葉を聞こうともせず、 会話もしようとしなかった奴が、いきなり目の前で興奮している。\ これを喜ぶべきかどうかは分からないが、公衆の場で同棲とか叫ぶな。\ 【奈々】 「あたしも彼方くんの家に住めばいいんだよ!」\ 【彼方】 「……」\ もちろん6限終了『直後』で、クラスメイトという周囲の目もあるわけで。 今日は6限で終わりだから、今は放課後となるわけだが。\ 【奈々】 「今日から彼方くんの家に泊まるよ!  彼方くんのお母さんに宜しく!」\ 【彼方】 「……」\ 残念ながら母親は、ただいま夜逃げ中だ。 というツッコミは置いておくとして。\ ――恐らく大部分の人達は、経験したことがあると思うが。\ チャイムが鳴ったからといって、授業が終わっているかといえば、 それは極めて稀有な展開であり、すなわち――\ 【先生】 「……あ〜〜、日直、号令かけてくれ」\ 【康平】 「規律、令」\ 【クラスメイト】 「……(ペコリ)」\ 【彼方】 「……」\ 俺たち2人を取り残して、いつもの日常の1コマを演じる周りの人々。\ 皆さんスルーしてないで、誰かツッコんでくれよ。 先生も注意するとかさぁ、康平は漢字が違うしさぁ……。\ 【奈々】 「というわけで、お泊りの準備の為に、部活を休みます!  おやつはバナナに入りますか!?」\ 【先生】 「あ〜〜、お前ら〜〜、さっきも言った通り次回は中テストやるからな。  ちっとは勉強しとけよ〜〜?」\ 【クラスメイト】 「え〜〜」「おい、部活行こうぜ」「帰ろ〜〜」「倍プッシュだ」 「そういえばさぁ」「ざわ……ざわ……」\ 【彼方】 「……」\ 奈々、バナナはおやつに入るかだろ。 先生、中テストって何ですか。 そしてクラスメイトに、アカギが混じってないか!?\ 【奈々】 「ではまた彼方くんの家で! つづく!」\ 【先生】 「あ〜〜、HRは特に連絡事項がないから省略な〜〜。  御園はきちんと、神足のことを大事にしろよ〜〜?」\ 【クラスメイト】 「おめでとう」「おめでとう!」「おめでとう♪」 「あんた……背中が煤けてるぜ……」「おめでとうっ」「おめでとう」\ 【彼方】 「……」\ どこのガイナックスだ、不純異性交遊を黙認するな。 何のエンディングだ、どこの竜さんだ、ああああああああああああ!!!\ /場面転換/ 【彼方】 「おやつにバナナ起立礼小テストアカギと竜エヴァとドリルでやれ!  いい加減にしろぉぉぉおおお!!」\ 【一同】 「……」\ 俺の一喝に、クラスに沈黙の帳が下り、そして、\ 【先生】 「あ〜〜、やはり1日のシメは御園のツッコミに限るな〜〜」\ 【クラスメイト】 「御園くんのツッコミを聞かないと1日が終わった気がしないのよね〜〜」\ 【康平】「 「さて彼方のツッコミも聞いたし、部活に精を出すとするか」\ 【奈々】 「やったよ! さすが彼方くんだよ!  みんなのヒーローだよ! スパン王だよ!」\ 【彼方】 「このクラスにはイジメがあります!  校長! 校長ーーーー!!!」\ ……。\ 先生すら一丸となって僕をいじめます!\ ……くすん。\ ……。\ /場面転換/ 酷く憂鬱な夕暮れを、1人でトボトボと意気消沈気味に歩く。\ 学校からの帰り道。 俺は暮れなずむ街を、独り寂しく下校していた。\ 【彼方】 「……」\ 赤く紅く赫く淦く染め上げられた空。 悠々自適に漂う雲、どこからか聞こえる子供のはしゃぎ声。\ 平和で平和の平和な世の中。 その安穏の世界は変わらず、暢気さを絶やすことは無い。\ 真っ赤に燃ゆる太陽は、眼上に広がる空をただただ照らし尽くしていて。 その下で足掻き続ける俺も染め尽くす。\ 【彼方】 「……ふぅ」\ 溜め息が赤色の中に浮かび、蒸発していく。\ ……今日の部活は休みだ。 放課後、クラスの皆から弄られて疲労困憊で部室に向かったら、\ /場面転換/ 『今日の部活は中止とする。  各自、明日からの激務に備え、療養しておくべし』\ /場面転換/ とのお達しが、ホワイトボードに殴り書きされていた。 ――勿論、我らが久上響部長、その人の筆跡で。\ 【彼方】 「……明日からの激務、ねぇ……?」\ 俺が所属している推理研究部は、基本的に休みというものが存在しない。\ 久上先輩の気持ち1つで、どこにでも動く部である。 それこそ祭日であれ休日であれ、思い立ったが吉日な部である。\ 入部当初は、そのいい加減さに驚きもしたが。 それが今となっては、当然のことになっている。\ 慣れっていうのは恐ろしいものだね、ワトソン君。 いいさ、厭き飽きする毎日を送るより、よっぽど良い。\ そんな自己暗示と共に、ちょっぴり自己嫌悪。\ 【彼方】 「……ふぅ」\ 2つ目の溜め息が、感傷に満たされた夕暮れに融けて消える。\ ――さて、だ。\ 俺と奈々と康平の3人が、松郷学園に入学してから早2ヶ月。 今日の日付は、1983年6月29日水曜日だ。\ 過ぎ去りし2ヶ月間を、脳内で軽く振り返ってみる。\ なんと激動の2ヶ月であったことよ……。 そんな感慨深さと共に、仰げば尊し、全然尊くないけど。\ 桜舞い散る入学式、切音さんとの出会い、久上先輩との邂逅。 推理研に入部、面白おかしく過ごしてきた61日プラス29日間。\ そして――見つけた疑惑と、解消される術を持たない謎。\ 【彼方】 「……まったく、よく分からない世界だよな……」\ 挙句の果てには、切音さんと同棲? 今日から奈々まで俺の家に住む?\ はっきり言って、なんじゃそりゃだ、どこのギャルゲ展開だ。 一般市民の健全リア充な俺には、さっぱり理解できん。\ 【彼方】 「……」\ まるで、どこかの誰かが考えたような世界。 まるで、どこかの誰かが望んだような展開。\ その『誰か』っていうのは、ホント誰なんだろうな、おい作者さんよ?\ 今の状況を生み出したのは、社会だか運命だか知らないが。\ ……きっと悪意なのか善意なのか分からないニヤケ顔なのだろう。 俺の狼狽っぷりを、手の届かない果てで見ているわけだ。\ 【彼方】 「ったく」\ お前らは一体、何と比較して面白いというんだ? 自分の人生ってやつか? それとも他の物語ってものか?\ なら――もっと誰もが幸せになれる筋書きってものを見せてくれよ。\ 何も出来ないのなら何もしなければ良い。 それで済むなら、それで済ますさ。\ けれど、誰かを救いたい、誰かに伝えたい、誰かに語りたい……。 この気持ちはどうすればいい?\ 衝動とも言うべき焦燥感を、どこで発散させれば良い?\ 【彼方】 「2択や3択の選択肢か……。  そんなものがあれば、凄い便利なんだろうな」\ 自分で決められることや動ける範囲なんて、少ししか無いんだと思う。 大概、状況や感情や運命ってものに流されて終わるだけだ。\ 【彼方】 「……」\ そんな、身も蓋も中身も、食べる人も感想も述べる人もいない―― 馬鹿馬鹿しい料理を考えながら、夏。\ ……同じようなネタを繰り返すとは、俺も地に塗れたものである。 このままでは、人生お先まっくら、猫まっしぐらだ。\ どこにまっしぐらかだって? 資本主義的に搾取される側に決まっている。\ 生きる価値なんて、分かるわけが無いさ。 もちろん、その反対も。\ 【彼方】 「さて――」\ いつの世も心の平穏を得られない我が家に、さっさと帰るとするか。\ そんな皮肉とも事実とも言えないことを考えながら、\ 【??】 「――お、お兄様……」\ 一歩踏み出した足を、緊急停止。 散々聞き飽き、未だに聞き慣れない、そんな呼称に振り返る。\ 【忍】 「お、お帰りですか?」\ 【彼方】 「……ああ、忍ちゃんか、誰かと思った」\ そこには康平の妹、俺の幼馴染パート3。 俺的『守ってあげたくなる妹といえば』ランキング頂点の、忍ちゃんがいた。\ 【彼方】 「忍ちゃんも今帰り?」\ 【忍】 「は、はい、お兄様はどうされたんですか?」\ そんなオドオドキャラを地で行く忍ちゃん。 今日も今日とて、いつもの忍ちゃんだった、ああ抱きしめたい。\ ――犯罪的な欲求を、彼女の為と考えつつ、健やかに心に隠す。\ 【彼方】 「ん? どうされましたかって、何が?」\ 【忍】 「えと――い、いつも遅くまで部活をしてるって。  平ちゃんがよく言ってるから……」\ ああ、そういうことか。 ちなみに 康平=平ちゃん である、念のため。\ 【彼方】 「ああ、なるほど……今日は部活の先輩方が忙しいみたいだから。  本日は部活無しで、直行で帰宅してるトコ」\ 【忍】 「そ、そうなんですか、お兄様も大変そうです……ね」\ ……捕捉しておく、彼女はさっきも言ったとおり、康平の妹である。 決して俺の親父の隠し子とかではないから、そこは注意な。\ 俺にとっては友人の妹となる。 だが、俺としても幼馴染の妹ということで、本当の妹のように扱っている。\ 喜ばしいことに、彼女からしても俺は兄貴的存在らしい。 お兄様――このような犯罪的な呼称で、俺のことを呼んでいるのだ。\ べ、別に嬉しくなんて無いんだからね!\ 【忍】 「でも、よかった……です」\ 【彼方】 「ん?」\ 酷く内向的な彼女との会話は、俺が聴き手側に回ることが多い。 俺がツッコミをしなくていい、唯一の希少存在だ。\ 【忍】 「今日は……お兄様に会えて」\ 【彼方】 「……」\ ……何ですか、この桃色発言?\ 【忍】 「あ、ち、違います、そ、そういう意味じゃなくて!  え、えとえと、何だか……会うの、久しぶり……だから……」\ 真っ赤になって俯きがちに、語気が尻すぼみになっていく忍ちゃん。\ 【彼方】 「あ〜〜、……」\ いやぁもう可愛いなぁ、持ってかえって猫可愛がりしたいなぁ。\ この娘と康平が、兄弟姉妹であることに違和感を感じざるを得ない。\ 【忍】 「え、えと……ほ、ホント……ですよ?」\ そんな風に頬を夕日色に染め、上目がちに忍ちゃんが見上げる。\ 【彼方】 「ん、わかってるって」\ ――勘違いはしないさ。\ 心のベクトルが内部に向かっているせいか、人付き合いに慣れて無いのか。 忍ちゃんの誤解ちっくな発言には、慣れっこだ。\ 俺なんかは付き合いが長いおかげもあり、変な勘違いはしない。\ ……ドキッとさせられてしまうことも、少しだけあるけどね。 少しだけ、な? ホントだよ?\ そんな忍ちゃん。 昔は、同い年の悪餓鬼どもに告られまくっていましたとさ。\ ……それで俺が助けたりしたこともあったっけな。 いやぁ懐かしいな、おい。\ 【忍】 「えと、で、でも、本当に久しぶりですね?」\ 【彼方】 「ああ――そうかも。  春休みの時はともかく、高校に入学しちゃうと、ね……」\ 長い長い春休みから、彼是2ヶ月。\ 忍ちゃんとこうして長会話を交わすのは、数えてみると60日オーバー。 光陰矢の如しとは言わないが、エアーガンくらいの早さだった。\ 【忍】 「や、やっぱり忙しいんですか? えと、べ、勉強とか……」\ 少し寂しげな口調で忍ちゃん。\ 【彼方】 「勉強と言うより……部活の方が、ちょっとね。  毎日が戦争みたいなもんだから」\ 比喩でも何でもなく。 久上先輩に付き合っていると、命が幾つあっても足りない気がする。\ 保険金くらいかけておいた方が――\ ……生命保険か。くそ。\ 【忍】 「そう……ですか」\ 【彼方】 「ごめんね?」 【忍】 「い、いえ、お兄様は悪くないです……。  仕方ないことですし、平ちゃんも部活で忙しいって言ってたから……」\ ……ん〜〜。\ 自意識過剰と言われれば、それまでだけれど。 好意をもつ相手が自分の日常にいないっていうのは、やはり寂しいだろう。\ そこには、進級や進学や就職という言葉の違いがあるけれど。 誰もが感じたことのある、コモンセンス。\ そして、残してきた者と残された者を比較すれば、心の傷というのは。 どうあっても残された者の方が大きい。\ 【彼方】 「……」\ 【忍】 「……」\ だから、俺は口を開く。 ――残された者の為に。\ 【彼方】 「……あのさ、今度の日曜は暇かな?」\ ――下手なナンパ師じゃないんだからさ。 もっと良い言葉はないものかと、小1時間問詰以下略。\ 【忍】 「? え、え? に、ちようですか? えとえと、日曜?」\ 【彼方】 「そ、日曜日。  カレンダーの日付的に言うと、7月……3日かな?」\ うん、間違いない。 6月は30日しかないから、次の日曜というと7月3日だ。\ 話の飛躍に目を白黒させている忍ちゃんに、有無を言わさず確認する。\ 【彼方】 「もし暇ならさ、どこかに遊びにいかない?」\ 幼馴染の1人である忍ちゃんを、独りで寂しがらせた―― その責任は、俺・奈々・康平の年上組にある。\ 夏休み前のテストが控えてようと、部活で忙しかろうと。 そんなのは知ったことではないし、言い訳にすべきではない。\ 【彼方】 「そうだな、さすがに遠出は無理だし、それは夏休みに置いといて。  ――近場だけど、商店街あたりでどう?」 【忍】 「え、えと日曜は特に用事も無いですけど……。  あ、遊びに、遊びに……遊びに!?」\ ボムッと、忍ちゃんの頭から湯気が立ち上る。 ――何故に、茹でダコ状態になりますか?\ 夕日よりも真っ赤に燃えて、まるで俺のこの手が真っ赤に燃える。 轟叫べと以下省略のような感じである。\ 【忍】 「ひ、ひえ、忍は暇ですが、ひ、暇であったようなないようで。  お兄様、と、あそあそあそ、あそあそびになどっ」\ 【彼方】 「……あ〜〜」\ あれぇ? 間違えたかなぁ?(言葉選びを)\ 【忍】 「そ、そんな滅相もない、忍とお兄様で、あそび?  遊びですか? デートですか!? ででででででデェト!!?」\ 【彼方】 「いや、まぁなんというか、とりあえず落ち着いて、忍ちゃん」\ 【忍】 「で、でぇと? でぇとなるものですか?  あ、あのその、こ、心の準備とか! か、体の準備とかありますし」\ 【彼方】 「はいストップ、それ以上は言わんでよろしいから」\ 【忍】 「でも、えとえと! お兄様が、ののの、のののの望むのでしたら!  こちらと致しましても、ぜ、善処を!」\ 【彼方】 「ストップ!」\ 両肩をつかんで強制停止させる。 これ以上の発言は、色々危険です。\ 【忍】 「は、はひぃ……」\ 胸に手を当てて、酸漿のような紅い頬と潤んだ目で、今にも泣きそうだ。 純情少女、ここに極まれりだなぁ。\ 【彼方】 「2人だけで、じゃなくて。  奈々と康平も誘って遊びに行こうか、って話」\ 【忍】 「………………」\ 【彼方】 「4人揃って出かけたのなんて、年明け以来だろ?  春先は高校受験の勉強で、3人とも忙しかったし」\ 【忍】 「………………」\ 【彼方】 「というわけだから、暇かな?」\ 陸に打ち上げられた金魚のように、口をパクパクさせている忍ちゃん。\ そして、こちらの意味を理解したのか、顔を真っ赤にして俯く。\ 【忍】 「……………はい」\ 蚊の鳴く様な声の返事、ちなみに彼女の趣味は読書である。\ 【彼方】 「よし、じゃあ決まりね」\ 【忍】 「…………ぅぅ…………」\ 瞳に涙を浮かべる忍ちゃん。\ 【彼方】 「ああ、ごめん! 泣かないでってば、忍ちゃん、俺が悪かったから!  ね? だから泣かないで、お願いだから!」\ 女の子の涙には、すこぶる弱いヘタレな俺でした。\ 【忍】 「ぅぅ……ぐす……ぅ……ひ、酷いです、お兄様……」\ 彼女が俯き、アスファルトに黒いサークルがポタポタと生まれる。 うわぁ……マジ泣きっすかぁ……。\ 【彼方】 「あああ、こんな所で泣かないで!  やめて! 俺のライフはもう0よ!」\ ライフというより、MPですね。\ 【忍】 「……ぅぁ……」\ 【彼方】 「ごめん! ごめんなさい! ちょっとネタに奔っちゃいました!  何でもするからさ、だから泣きやんでよ、ね? ね!?」\ 【忍】 「……ぅ……ひっく……なんでも、ですか……?」\ 【彼方】 「ああ、もう何でも! どんと来い! 任せとけ!  ばっちこーい! オゥケーーカモーーン!」\ いかん、動揺のあまり、自分のキャラが壊れている。\ 【忍】 「……ん……」\ ぐしぐしとその細腕で涙を拭いて、赤くなった瞳で上目遣ってくる。\ 【忍】 「……なら」\ キュッと唇を一度結び、それから視線を泳がせる。 そして、また涙を瞳に湛えながら俯いていき、蚊の鳴くような声で。\ 【忍】 「その……」\ 【彼方】 「よーし、何でもオッケー! さぁこい!」\ 自らを鼓舞する。 そう、俺は頼れる兄貴的存在なのだから!\ そうして、忍ちゃんはポツリと呟いた。\ 【忍】 「……で、デートを、したいです……お兄様と……」\ 【彼方】 「………………………………」\ ……いかん、何か鼻に来るものが……。 クラッと来たぜ、次元の旦那ぁ。\ 【彼方】 「……あ〜〜〜〜」\ さて、俺の思考回路はまっさら純白。 どっちかっていうと、ショートで焦げ付き茶色気味なんですけどね。\ 【彼方】 「じゃあ、夏、休み、にでも、イキマス、か?」\ 【忍】 「…………(こくこく)」\ 【彼方】 「…………」\ 【忍】 「…………」\ やめて! 何、この桃色空間! 俺こういうふいんき何故か変換できないになんて慣れて無いんですけど!\ 【彼方】 「あ、あはははは、あははははは……」\ 【忍】 「……」\ ……。\ /場面転換/ 乾いた笑いを浮かべる純情少年(俺)と。 真っ赤に俯く純情少女(忍ちゃん)であったとさ。\ ……。\ *story2day1evening 【切音】 「そろそろ、1人称を変えてみようと思うの」\ 2人で囲む夕食の場。 頭のぶっ飛んだ先輩が、突然に切り出した話題は難解すぎた。\ 【彼方】 「……仰る意味が、俺の頭では理解できないです。  是非とも、日本語でお願いできませんか」\ 【切音】 「そろそろ、1人称を変えてみようと思うの」\ 同じ言葉を繰り返された。 うん、確かに日本語ですね。\ ……1人称というと、『俺』とか『僕』とかの話だろうか。\ 【切音】 「萌え要素を、手軽かつ簡潔に確立する手段を考えてみたの。  やはり自己の呼称を特殊なものにするのが、1番だと思わない?」\ 【彼方】 「……そうですね。  どうして今こんな話題が出るのか、という疑問は尽きませんけど」\ 【切音】 「古今東西、今昔何処、東奔西走、多種多様な萌え呼称が考えられてきたわ」\ 【彼方】 「無味乾燥な四字熟語を並べられても……」\ 曖昧相槌をつきながら、目前に並んだ野菜炒めをパクつく。 言うまでも無く、料理を作ったのは俺だがな。\ 材料は冷蔵庫に残っていた、豚肉・ニンニクの芽・キャベツ・もやし等。 ベースは醤油、隠し味は少々の豆板醤。\ 俺としては、もう少し辛くても構わないのだが。 女性にカテゴライズされる切音さんもいることだし、豆板醤は隠し味程度。\ ……う〜〜〜ん、我ながら美味。 以上、今日の夕食レシピでした。\ 【切音】 「例えばボクっ子、例えるなら吾っ子、ともすればあちしっ子。  ――選択肢は数限りなく横たわっているわ」\ 【彼方】 「そうですか」\ 果てしなくどうでもいい話題ですな。\ とはいえ、両親もいなくなりすっかり寂しくなった食卓の席。 唯一の話し相手を、無碍に扱うのもどうかと思うので。\ ここは敢えて話にのってみよう。\ 【彼方】 「切音さんでいうと……。  え〜〜っと、今は『私』ですね」\ 【切音】 「あまりにも安直すぎて、御園くんが萌える要素がないでしょ?  萌えポイントが多いに越したことはないわ」\ 【彼方】 「そんなもんを増やしてくれなくてもいいんですけど……。  俺としてはむしろ、その人の話を聞かない性格を……」\ 【切音】 「これで彼方くんは私にメロメロね。  愛の奴隷になっちゃうなんて、私、困っちゃうわ」\ 【彼方】 「いや……うん……そうですか」\ 【切音】 「これで彼方くんは私にペロペロね。  愛欲の奴隷になっちゃうなんて、私、嬉しいわ」\ 【彼方】 「なっちゃいませんからね、絶対に。  ――で、切音さんは、どんな萌え呼称になるおつもりですか?」\ あまり理解したくもない言葉を切り捨てて、とりあえず聞いてみる。\ 【切音】 「そうね…………」\ たっぷり1呼吸分を思考に費やし――\ 【切音】 「麻呂とか、どうかしら?」\ 【彼方】 「どこの平安京ですか!?」\ 平安京の画像も貼らずに、アイデンティティ確立とな?\ 【切音】 「我輩?」\ 【彼方】 「宇宙ガエルですか!?  っていうか、全然女の子らしくないです!」\ 【切音】 「わっち」\ 【彼方】 「狼の神様にでもなる気ですか!?」\ 【切音】 「私は! 新世界の! 神になる!」\ 【彼方】 「絶望しかない世界を創るのは止めてくれ!」\ 【切音】 「わかりにくいだろうけど、元ネタは催眠術の方よ?」\ 【彼方】 「パクリをパクってどうすんだ!  劣化コピーをコピーしたところで、何の得になると!?」\ 【切音】 「劣化コピーとは酷いわね、もう少し言葉は選びなさい。  ――ところで、御園くん、今度の土日は暇かしら?」\ 【彼方】 「唐突に話題を変えるの、やめませんか!?  ……まぁ、土曜はともかく、日曜は予定が入ってますけど」\ 読者とか俺とかが置き去りにされる会話はやめようぜ。\ 【切音】 「そう、御園君には予定が入っているわけね。  ――残念だけど、キャンセルして頂戴?」\ 【彼方】 「ちょ、ぉま……いつにも増して唐突すぎる……。  理由も話さず、いきなりそんなこと言われても困りますよ」\ こっちは大事な妹(くどいようだが忍ちゃんのことである)の予定なのだ。 キャンセルしろと言われて、はいそうですかと、頷ける訳が無い。\ 【彼方】 「冗談抜きで、真面目に日曜は勘弁して欲しいんですけど」\ 【切音】 「あら? そこまで本気で嫌がられるとは思わなかったわ。  ――何か大事な予定でもあるの?」\ 【彼方】 「ええ、理由も無しにキャンセルなんて利かない、大切な用事があるんです」\ 【切音】 「何の用事なのかしら?」\ 【彼方】 「予定を取り止めてほしい理由を、先に話して下さい。  話はソレからでしょう?」\ 【切音】 「ん〜〜、御園くんも言うようになって、おねぇさん嬉しいわ。  さすが私に惚れた御園くんね」\ 【彼方】 「惚れてないし、切音さんは俺の姉でもないし。  一体、どんな関係なんだよ、俺たちは……」\ ……そうだよな、親父? 俺は信じてるぞ? まさか血縁関係があったとか、そんな洒落にならない展開はやめてくれよ?\ 【切音】 「あら? そうだったかしら……?  じゃあ、これからは御園くんのおねぇさん扱いにして頂戴」\ いやです。\ 【切音】 「ん? そうすると近親相姦になっちゃうわね……。  でも私は、そういう禁断の展開に燃えるタイプだから」\ 【彼方】 「燃えられても困るんですけど……」\ 【切音】 「言ってみて、姉さん、って」\ 【彼方】 「――いや、そろそろ話を元に戻しましょうよ。  どうして俺の日曜日の予定をキャンセルさせたいんですか?」\ 【切音】 「姉さんって言ってくれたら話してあげるわ」\ ……。\ 【彼方】 「をい……」\ 【切音】 「姉さんって言わなきゃ話さない」\ こ、このアマっ……!\ 【切音】 「さぁ卑しく呼ぶがいいわ、『この雌豚おねぇさま』と」\ 【彼方】 「あんたは敬って欲しいのか、蔑んで欲しいのかどっちなんだ!」\ 【切音】 「想像と創作にお任せするわ。  原稿用紙400枚くらいでどうかしら?」\ 【彼方】 「誰に頼んでいるんだ!? そんな二次創作は生まれないから安心しろ!\  時間の浪費すぎるので、真面目に日曜の話をしましょうよ!」\ 【切音】 「お・ね・え・ち・ゃ・ん♪」\ 【彼方】 「……しつこいなぁ……」\ ちょっとウンザリ。 【切音】 「ねぇ、呼んでくれないの?」\ 【彼方】 「こだわりますね……。  どうしてそんなもんにこだわるんですか……」\ 【切音】 「ん〜〜、どうしてかしらね? ふふ」\ 【彼方】 「……?」 なぜか自嘲気味に笑い、少しだけ寂しそうに目を伏せる切音さん。\ /音楽切り替え/ 【切音】 「私は1人っ子だったし。  御園くんや奈々ちゃんのような、幼馴染もいなかったから」\ 【彼方】 「……羨むようなものでもないですよ。  居たら居たで、毎日が面倒なだけです」\ 箸で野菜炒めをかき混ぜつつ。 ――切音さんは、昔を思い出すように話し出す。\ 【切音】 「響も今ではああだけど、昔はもっと荒んでいたし。  知り合ったのも中学の時だから」\ ……へぇ……てっきり昔からの知り合いだと思っていた。 って、そういえば、久上先輩の中学の頃の話とか知らないな……。\ 【切音】 「家が無駄に裕福だから、こんな家庭料理なんて食べたこともない。  ――誰かと食卓を囲むことの方が、稀だったわ」\ 【彼方】 「……」\ 【切音】 「食事の席で会話できるって幸せよね……。  テーブルマナーを知ってる? 人間の作り出した無駄四大文明よ」\ 【彼方】 「……テーブルマナー以外の、他の3つが気になりますね」\ 【切音】 「婚約制度、見合い、それから家督制度かしら?」\ 指折り数えて数える切音さん。 冗談めかした言葉に、俺は何を言って良いのやら分からなかった。\ 【切音】 「人間というより日本人が作った、と言う方が正しいかしら?  長所もあるけれど、短所ばかりが目に付くわね」\ くるくると話題を変えながら、クルクルと人差し指を回す。 ――ああ、あれか。\ 【切音】 「みんな勘違い、良いトコばかり押し出してるだけのことなのに」\ 【彼方】 「……そんなもんですか?」\ 【切音】 「詰まる所、良いと悪いは相殺しないのよ。  愛でるべきことと賤しむべきことは、どこまで行っても独立してるわ」\ ……悪は悪として、善は善として存在する。 どっかの昔の人が言ってそうな言葉だな。\ 【彼方】 「……何が言いたいんですか?」\ 【切音】 「手料理のことよ、御園くんが愛情込めて作ってくれた料理のこと」\ 【彼方】 「……は?」 【切音】 「大丈夫よ、料理自体に美味しくないトコロがあるという意味ではないから」\ 【彼方】 「……はぁ」\ 【切音】 「いつかはわからないけど。  ――手料理という幸せを打ち消す、不幸が待ってるという意味よ」\ 【彼方】 「……」\ ……。\ ああ、そう、そうですか! 何を言ってんだ、このお馬鹿お嬢様は!\ 意味も脈絡も無いところで意味ありげな付加価値を付けやがって、全く。\ /音楽切り替え/ 【彼方】 「いつでも作りますよ、このくらいの夕食なら」\ 【切音】 「……そう?」\ 【彼方】 「やっぱり、1人で食事ってのは味気ないですから」\ 【切音】 「……ふふ、ありがと、御園くん」\ 【彼方】 「だからといって、毎日は勘弁願いたいですけどね!」\ 照れ隠しと、言外に含めた拒否を表しながら、俺は野菜をパクつく。 せっかくの料理がすっかり冷めてしまったじゃないか。\ 【切音】 「あらあら、それは残念ね、ふふ」\ 髪の毛の先ほどの厚みも無い無念感を漂わせて、切音さんが笑う。\ 【彼方】 「――話を元に戻しましょうよ、日曜は何なんです?  さすがにどうでもいい話題を引っ張りすぎじゃないですか?」\ 【切音】 「お・ね・ぇ・ちゃ・ん♪」\ 【彼方】 「……」\ メトロノームのように人差し指を左右に揺らして、可愛く言うな。\ 【彼方】 「しつけ〜〜」\ ちょっと俺、ホントにげんなりなんすけど。\ これはもう、アレだ。 俺がその恥ずかしい台詞を言うまで、テコでも動かないつもりだ。\ 【切音】 「なによ! 言ってくれたっていいじゃない!」\ 【彼方】 「いきなり逆ギレしないで下さいよ!  なんて無駄な所で怒りエネルギーを使っているんだ、あなたは!」\ 【切音】 「言わないと押し倒すわよ」\ 【彼方】 「その台詞を言ったとしても、何だか貞操が危険な感じですよね!?」\ 【切音】 「大丈夫よ、作者が思い出したかのように使う伏線の1つだから。  いつか訪れる、エッチなドロドロのシーンでね?」\ 【彼方】 「ますます言いたくないよ!  想像するにマニアックすぎるだろ!」\ 【切音】 「未来における、お互いの興奮度と満足度を高める為に、さぁ!」\ 【彼方】 「さぁ、じゃねぇ!」\ //場面転換// ……そんな感じの騒がしい夕食風景は、この後30分続きましたとさ。\ *story2day1night1 【彼方】 「ふぅ」\ リビングのソファにもたれかかりながら、風呂上りに麦茶を飲む。 ――なんとも筆舌しがたい、幸せの瞬間だ。\ 【彼方】 「ん、っん、っん。  ――ぷはぁ、不味い、もう1杯」\ 別に麦茶が身体に良いのかは知らないけれど。 お約束なネタは言っておかないと、世界の法則が乱れちゃいますから。\ 【彼方】 「……湯上りの火照った身体には、冷たい飲み物が1番だな!  麦茶サイコーー! くにさきサイコーー!」\ そんなことを、誰もいないリビングで主張してみる。 切音さんは俺と入れ替わりで、お風呂に入浴中である。\ 【彼方】 「……さ、さーーーーーて! テ、テレビでも見るかなぁ!  いやぁ、何か面白い番組でもあるかなぁ!?」\ リモコンをつける、電源がつく、映像が流れる。 何かのお笑い番組、笑い声がブラウン管から流れ出す。\ 【彼方】 「わははは! おもしろい! いやぁ日本のお笑いは最高だな!  あははは! あはははははは! あはははは………」\ そんな冷めた笑いをひとしきりして。\ 【彼方】 「……………………ふぅ、やめやめ、馬鹿らしい」\ 何をこんなに挙動不審になっているんだか、もっと堂々としてろよ。\ いつからそんな肝っ玉の小さい男になってしまったんだ。 1年C組出席番号31番、御園彼方! デカクなれよ! 諦めんなよ!\ 【彼方】 「……でも、なぁ……」\ うん、真面目に聞いて欲しい。 俺がテンパってるのには理由があるんだ、聞いてくれよゴールドフレンド。\ 只今の状況を説明しよう。\ 俺――リビングに1人きり。 切音さん――入浴中。\ 【彼方】 「……わかるだろ?」\ いい歳こいた男女が、1つ屋根の下でふたりっきり。 そして只今の時刻は、午後10時。\ 両親は、どこかへ高飛び進行形。 今更ながら、その桃色状況を再確認してしまったわけで。\ 何を今更、とは言わないで欲しい。 学校にいる間は、康平の相手やらで忙しかったし。\ 下校の時も忍ちゃんのことで、そういうことを考える暇がなかったし。 何かを考えるには適さない、とてつもなく騒がしい環境。\ そんな生活が当たり前だったことに愕然とする。 そして、いざ考え事ができる暇があるとコレだ。\ ……落ち着かないなぁ。 なんか情けない男だね、俺って。\ 【彼方】 「ふぅ……」\ 母さんたちが美知代さんと週一で飲みに行くようになって。 1人きりで家に残されることはあったけれど。\ こうやって誰かと2人きりで夜を越えるというのは、初めてだ。 考えてみれば未体験ゾーン、数えてみても未経験シーン。\ ……そもそも、美知代さんたちが週一で家を空けるのは。 ほとんどが俺の不甲斐なさによるものだった訳だけど。\ 毎週の訓練は、無用の長物と化している。。 孤独になれる展開というものに縁のない人生のようだ。\ 【彼方】 「――そもそも奈々は何してんだよ?  来るって言った癖に、そんな兆候が微塵もないぞ……」\ 帰り際に、あんだけの宣言をしておきながら。 時計の針が10時を過ぎても、乱入してくる様子は一切無い。\ 良い子がベッドにダイブ、悪い大人のニートが起き出す時刻だぞ? そんな時間になっても、奈々が現れる気配がない。\ 【彼方】「……」\ 切音さんと2人っきり、inマイホームwithout両親。 うおーーーー、マジ落ちつかねぇーーーー。\ 俺が奈々の登場を待ち侘びるなんて……。 人生で1度あるかないかくらいの、レア思考だな。\ ……それでも、待ち人は現れず。 思春期な青い心は、千路に乱れて引き裂かれ、雨雨ふれふれもっとふれ。\ 【彼方】 「……いかん、自分でも何を考えているのかさっぱりだ」\ こういう時は、そうだ、アレだ。\ 素数を数えるんだ!\ 何の解決になってもいないけど。 2・3・7・13。\ 何もしないよりはマシというものだ。 17・19・23・29・31・37・41・43――\ /がちゃり/ 【切音】 「ん〜〜、良いお湯だったわ……。  あら、御園くん、お笑い番組?」\ そうそう、良い→いい→11も素数でしたね。\ 【彼方】 「ええ、あんまり面白くないですけど……。  47、49……51は3の倍数か……53、59……」\ 【切音】 「……何を数えてるの?  隣り、座っても良いかしら?」\ 61……ああ、ソファの隣りか……67……。 俺が座ってるから声をかけたのか、そのくらい断らなくても……71。\ 【彼方】 「はぁ、どうぞ」\ そんな感じでボーっとしながら、79。 切音さんに相槌を適当に打つ、83。\ 【切音】 「ありがと――んしょ」\ ギシッとソファに重みがかかり、至近距離が沈んだ感触。\ 【彼方】 「? ちょっと、切音さん、どうしてそんな真横に――――」\ /場面転換/ 最初に目に付いたのはバスタオルだった。\ 【彼方】 「……」\ 【切音】 「〜〜♪」\ バスタオル羽織っただけの切音さん、隣りで湯上りチックにくつろいでた!\ そ、素数、素数!\ 【彼方】 「は、89!」\ 【切音】 「……胸のサイズのこと?  どうかしら、最近は測ってなかったから正確な数字はわからないわね」\ 【彼方】 「そうでなく!」\ いかんぞ、お父さんはそんなふしだらな娘に育てた覚えはありません! そ、素数、素数!\ 【彼方】 「き、91!」\ 【切音】 「増えてどうするの?  ああ――御園くんが揉んでくれたら、増えるかもしれないわね」\ たふんたふんと、人体が発する擬音語とは懸け離れた音がする。\ 【彼方】 「93、いや97だ!」\ 【切音】 「なるほど、そのくらいの巨乳で無いと、御園くんの食指は動かない、と。  でも私の全体のボディラインを考えると、少しバランスが悪くない?」\ 【彼方】 「だあ! 素数を数えてる場合じゃないだろ、俺!」\ 顔を背けて、切音さんからお笑い番組へと向ける。 そのまま固定! 眼球を動かしちゃ駄目だぞ、俺!\ 【彼方】 「ななな、何やってるんですか!? 服を着てくださいよ!」\ 【切音】 「私としたことが、着替えを持ってくるのを忘れていたのよ。  今しがた乾燥機にかけたから、1時間ほど待って頂戴ね?」\ 【彼方】 「だ、だったらそんな姿で目の前に現れないで下さい!  無防備にも程があるでしょう!?」\ 【切音】 「ん〜〜、御園くんが何に怒っているのか分からないわ。  ああ、ごめんなさい、乾燥機を勝手に使ったのは謝るわ」\ 【彼方】 「そこじゃねぇよ! そんな小さいことに怒ってる訳じゃねぇよ!  どんだけ俺は器の小さい人間なんだよ!」\ ピト、と寄り添うように切音さんが距離を詰める。\ 【彼方】 「!!!!!!!!!」\ にのうでが! にのうでの柔らかさが、俺のにのうでに!\ 【切音】 「なるほど、服を脱がす楽しみがないことに怒っているのね。  御園くんの享楽を図らずとも奪ってしまうなんて……」\、 【彼方】 「そ、そうでもないから!  そんなちょっとマニアックな趣味には頷けないから!」\ 【切音】 「着衣プレイがお望みだということ?  そこまでは頭が回らなかったわ、さすが御園くんね」\ 【彼方】 「否定すればするほど、俺の趣味がアブノーマルに!?  これは何の罰ゲームだよ!?」\ 【切音】 「私が想像できたのは、このくらいだったわ」\ その言葉と共に、切音さんの手が俺の太股の上へと何かを置く。\ 【彼方】 「…………?」\ 手にとって見ると、ソレは黒くて厚めの布切れだった。\ 【切音】 「全裸に靴下だけが、御園くんのジャスティスなのでしょう?」\ 【彼方】 「アホか!! マニアックにも程があるわ!!」\ 床に投げつけた靴下が、パシーンと心地の良い音を立てる。\ 【切音】 「正直な話、この私としたことが赤面しちゃったわ。  下着だけよりも、靴下だけを持ってくる方が恥ずかしいのね」\ 【彼方】 「そんな感想は聞いてないよ!」\ 【切音】 「なら、どんな感想が聞きたいのかしら?  全裸に靴下だけになった感想の方を聞きたい?」\ 切音さんが床に転がる靴下をヒョイと取り上げる。\ 【彼方】 「いいから! つけなくていいから!  さっさとこの部屋から出て、服を着ろ!」\ 【切音】 「だから、あと――50分しないと乾かないわよ。  それに私が出て行くより、御園くんが出て行った方が早くないかしら?」\ 【彼方】 「……」\ その通りだった。 正論すぎて反吐が出そうだけど。\ 【彼方】 「……わかりました、1時間ほど自分の部屋に篭ります。  ですから、その間に服をきちんと着て下さい」\ 【切音】 「お馬鹿さんね、そうしたら私も御園くんの部屋についていくだけよ?  むしろベッドがある分、私の願望が叶いやすいわ」\ 【彼方】 「あんたは俺にどうしろと!?」\ 【切音】 「だから私を押し倒せばいいのよ、簡潔で明瞭な答えが出ているじゃない。  ここまでの据え膳を食わないだなんて、性の神様に土下座して謝りなさい」\ 【彼方】 「俺は切音さんに謝罪して欲しいよ!  ――もういいです! 俺の着替えを貸しますから! 待ってて下さい!」\ ソファから勢いをつけて立ち上がる。\ /音楽変更/ 【切音】 「そうそう、朝の話の続きだけれど」\ 【彼方】 「……」\ 立ち上がったまま逡巡する。\ 朝の話の続き、それは、すなわち。 ――切音さんが俺の借金を肩代わりした、その理由。\ 【彼方】 「……卑怯ですよ」\ 【切音】 「あら、私としてはあまり触れたくない話題なのだけれど。  それとも、曖昧のままで同棲生活を続ける?」\ 【彼方】 「……俺はいつか、切音さんを軽蔑するかもしれませんね。  こういう脅迫じみたやり方を続けるなら」\ 【切音】 「よく言うわね、嫌いになんて――なれない癖に」\ 目の前の悪女が優雅に微笑む。\ 【切音】 「何かを切り捨てて幸せになる、そんな生き方が出来る人じゃないもの。  そうでなければ、こんなことになってないでしょう」\ 【彼方】 「こんなこと? 一体何を指しているのか曖昧ですよ」\ 【切音】 「決まっているじゃない」\ 決まっているらしかった。\ /音楽切り替え/ 【切音】 「奈々ちゃんのお父さんの名前――遠見さんだったかしら?」\ その言葉に。 頭の中で感情が沸騰する。\ 反射的に、ソファから距離を取った。 それこそ猛獣の檻から飛び退くように。\ 【彼方】 「――どこまで、知っている?」\ 俺の中の警鐘が鳴り響いている。 ……この女は、危険だ。\ 警戒レベルを最高にまで引き上げる。 久しぶりに、本気に、なった。\ 【切音】 「ん〜〜、怖い顔になっちゃったわね。  それでこそ私が好きな御園くんよ、本当に可愛らしい」\ 【彼方】 「軽口を叩くな、解答をはぐらかすな、笑顔をやめろ。  もう1度だけ訊く――あんたは、どこまで知っている?」\ 敵意と殺意を、惜しげなくぶつける。 一瞬の気の緩みも許さず、切音さんに対峙する。\ 返答次第、口上如何では。 切音さんは、俺の、敵になる。\ 【切音】 「どこまで、ですって? 御園くんは、私がどこまで知っていると思う?  遠見さんの秘密? それとも――世界の秘密かしら?」\ 【彼方】 「……理解した、すみやかに詳細を述べろ」\ 【切音】 「ん〜〜、靴下よりもこちらの話題に食いつくのも、少し傷つくわね。  やっぱり話すのやめようかしら?」\ 【彼方】 「言及に躊躇うことを知っていると判断した。  これ以降の冗談は全て、敵対行為と受け取る」\ 肩幅くらいに両足を広げ、臨戦態勢を取る。 どう動こうと関係ない、微塵も通すものか。\ 【切音】 「……良いわね、その本気口調、惚れ直しちゃいそうよ。  でも、3つだけ忠告してあげる」\ 切音さんがソファから立ち上がる。\ 【切音】 「本当に相手を倒す覚悟があるなら、忠告の前に攻撃しなさいな。  正々堂々なんて言葉は、そのへんの格闘家に任せなさい」\ 【彼方】 「……」\ 【切音】 「躊躇しちゃ駄目よ、慈悲なく過不足なく敵を倒しなさい。  それがまず1つ目」\ 彼女が1歩、踏み出す。\ 【切音】 「2つ目――倒すことが目的ではなく、情報を引き出すことを主とする。  その場合は、まず相手の行動を制限しなさい」\ 【彼方】 「……それ以上、近づくな」\ 【切音】 「私に覆い被さり両手を縛り上げる、そのくらいはしなさい。  有利な状況を作らない限り、尋問が成功することはないわ」\ 切音さんが、俺に歩み寄る。\ 【切音】 「そして、3つ目。  ――泣きそうな顔で何を言っても、全然怖くないわよ」\ バスタオル1枚だけを羽織った、部活の先輩が1歩近づく。 俺は……1歩も動けない。\ 【彼方】 「……知らないと……言って下さい」\ 何が、微塵も通さない、だ。 お前は所詮、その程度の人間なんだよ。\ これはきっと、あの時の罰なのだ。 誰も救えなかったこと、そして、自分だけの殻に閉じこもったことへの、罰。\ 【切音】 「知らない、ええ知らないわ、私は何も知らない。  それで御園くんは満足?」\ 結局、俺は。\ ……この生活が気に入っていたのだろう。 幼馴染と騒がしい部活が、何にも増して得がたいと、分かっていたのだろう。\ 今の大切な人と、過去の大切な人。 どちらを優先しなければならないのか――理解しているつもりだ。\ ジレンマ、葛藤、両天秤、意地と未練の板挟み。 どちらかを選ばなければいけないのなら――結論は決まっている。\ ……それでも。 俺は諦め切れない、どうあっても捨てることはできない。\ 俺が遠見さんを殺した事実は、どうあっても変えることは出来ないけれど。\ どうして俺が、遠見さんを殺さなければならなかったのか―― その理由を求めることは、俺が出来る精一杯の罪滅ぼしだから。\ だから――\ ……だから、俺は、この人を、敵とみなす、のか? 傍から見たら下らない、自己満足の為に?\ 【彼方】 「……」\ どうすればいい、俺は一体、何をすればいい? わからない、わからないよ、遠見さん。\ 【切音】 「……少し、意地悪が過ぎたかしら?  私も駄目な子ね、好きな子ほどついつい苛めたくなっちゃうの」\ 手を伸ばせば届く距離で、切音さんは立ち止まる。 視線を1ミリも逸らさず、俺だけを見つめてくる。\ 【切音】 「えい」\ そこからさらに彼女は1歩踏み出した。\ 【彼方】 「……………………………………………………………………。  ………………………………………………何してるんですか」\ 【切音】 「見て分からない? 御園くんに熱い抱擁をしてあげているの」\ 抱きしめられていた。 薄布1枚で、その下は生まれたままの姿で。\ 切音さんが俺を抱きしめていた。\ 【彼方】 「……………………………………………………………………」\ 切音さんが、手を俺の脇から差し込み、俺の背中へと回して。 弾力に富んだ2つの果実が、俺の胸板に押し付けられ、ぽよんぽよん。\ 俺は抱きしめられていた。\ 【彼方】 「なっ!」\ 現状を把握した脳が、彼女を突き放そうとした。 が、それより一瞬早く、バスタオルが床に落ちた音がした。\ 【切音】 「これで退路が塞がれたわね、ああ、動いちゃ駄目よ。  これ以降の行動は全て性行為とみなすから」\ 【彼方】 「立場が逆転してる!?」\ 薄布どころか、すっぽんぽんだった。 密着しすぎで俺の視界では、切音さんの全裸は見えないけれど。\ 【切音】 「主導権を是が非にも取りたいお年頃なの。  私を相手に、S気を出しても無駄よ」\ 香しいシャンプーの匂いが、鼻先をかすめる。\ 【切音】 「まずは落ち着きなさい、私が御園くんの敵になることはないから。  さっきの暴言も本気口調も、全部忘れてあげる」\ 俺の肩の上に、彼女の顎が乗せられる。 鼓動がトクントクンと伝わってくる。\ 【切音】 「気分を楽にして、深呼吸をしましょう。  吸って――吐いて――そう、良い感じよ」\ TVからの無機質な笑い声。 外から聞こえてくる虫の声。\ 肺胞に新鮮な空気を送る。 頭の熱が下がっていく、感覚。\ 【切音】 「息を吸って――吐いて――  ナニをこ、すって――性欲を、吐き出して――」\ 【彼方】 「……どうして、そうエロ方面に持っていくんですか」\ 【切音】 「ふふ、いつもの調子が出てきたじゃない」\ 子供をあやすような仕草で、俺の背中をトントンと優しく撫でる。\ 【切音】 「気分はどう? 落ち着いた?  そろそろ自分の行動を思い返して赤面する頃合かしら?」\ 【彼方】 「……そうですね、恥ずかしさのあまり、死にたい気分です」\ マジで死にたい気分だった。 人生最大の汚点になりそうな勢いだった。\ こっぱずかしい、俺は何をほぼ全裸の人にあんなにも警戒していたんだ。 しかも、それを切音さん相手に、だ。\ 一生からかわれるネタになりかねない。\ 【彼方】 「……すみませんでした、謝ります。  出来れば、さっきのことは海馬領域から抹消して下さい」\ 【切音】 「ええ、許してあげる、1から無限対数まで何もかも許してあげる。  愛しい御園君のためなら、記憶喪失くらい造作もないわ」\ 【彼方】 「……それはどうも」\ 【切音】 「私の方こそ頭を下げるべきね。  冗談でも話題にしてはいけなかったわ」\ 【彼方】 「……真剣にならざるを得ないんですよ、そのことだけについては」\ 【切音】 「うん、わかったわ、これからは気をつける」\ 何というか――本当に、俺の周りに居る人たちは甘すぎる。\ 奈々も、切音さんも、久上先輩も、美知代さんも、親父も母さんも。 許して受け入れて頼られて――そんなことを当然の様に甘受してくれる。\ だからこそ。 俺はやれるところまでやらなければならない。\ 【彼方】 「……じゃあ、そろそろ離れてくれませんか?」\ 流石に、この状況は色々とマズイ。 俺の中の獣成分が、理性を押し破りそうだ。\ 【切音】 「私もそうしたいのは山々なのだけど――」\ 少し身じろぎする切音さん。\ 【切音】 「このまま離れると、裸体を御園くんの眼前に晒すことになるわね。  ――まぁ、いいか」\ 【彼方】 「よくねぇ!」\ 背中に回された腕が離れるのを感じて、咄嗟に切音さんを抱き寄せる。\ 【切音】 「やぁ、……ん、っはぁ……」\ 【彼方】 「や、やめろ! 耳元で、しおらしい声を出すな!」\ 【切音】 「しょうがないでしょう?  こんなに情熱的に抱きしめて――女の子なら誰だって感じちゃうわ」\ 【彼方】 「うるせぇ! 黙れって言ってるのが聞こえねぇのかよ!」\ 【切音】 「何よ、マグロが好きだって言うの?  随分と歪んだ性癖ね、エロゲ声優泣かせのユーザーにも程があるわ」\ 【彼方】 「分かった、分かりました――少し黙ってくれませんか、切音姉さん」\ 【切音】 「了承したわ」\ 端も外聞もなく最終手段(姉と呼ぶこと)を使って、切音さんを黙らせる。\ さて、どうしたものか――\ 今さら裸を見たところで、素肌の感触を楽しんだことに変わりはないが。 触覚と視覚は別物だ、痴漢と盗撮では刑期だって違うのだ。\ 【彼方】 「――じゃあ、目を閉じていますから。  その間に離れて、バスタオルで隠すなり何なりして下さい」\ 【切音】 「無難な落としどころね、でもどうかしら?  視界の効かない御園君を目の前にして、私が何もしないとでも?」\ 【彼方】 「何もしないと思いますよ……普通は……」\ 【切音】 「あら? 同居1日目にして、この状態の癖に。  相手を裸にして身体を抱きしめることは普通なの?」\ 【彼方】 「それを言ったら同棲自体が異常事態なんですけど……。  あと、まるで俺が脱がせたような物言いはやめて下さい」\ ……そういえば、まだ1日目なんだよな。 成り行きとはいえ、初日にしてこのザマ。\ 1週間もしたら俺は、とんでもないタラシになってしまうんじゃ……? 純真無垢だった、あの頃の僕を返して欲しい。\ 【切音】 「仕方ないわね、今日のところはこのくらいで勘弁してあげる。  私と御園くんの仲も大幅に進展したしね」\ 【彼方】 「既成事実だけが積みあがっていくから、タチが悪いな……。  ――閉じますよ?」\ /暗転/ 目を閉じ視界を暗闇に閉ざす。 同時に、切音さんに回した腕を解く。\ ――なんというか、こう、目を閉じた分。 切音さんの肌の温もりが、やけに生々しく感じられた。\ このまま押し倒しちゃおうかなぁ、と理性が飛びかけたことを考えでもない。 ちょっとだけな? ホントよ? 日本人、ウソツカナイ。\ そこをぐっとこらえて、切音さんが離れるのを待つ。 我慢するのは慣れっこだ。\ ――中々、切音さんが離れてくれない。 どうかしたんだろうか?\ 【彼方】 「切音さん?」\ 【切音】 「うん、もう少し待ってね、あと1秒で面白くなるから」\ 【彼方】 「は? そりゃどういう――」\ /バーーーン/ 【奈々】 「いやっほぅ! 呼ばれ〜〜て、飛び出〜〜て、ジャジャジャジャ〜〜ン!  皆のニューヒーロー、奈々ちゃん……の……登……場……だ?」\ リビングのドアを壊す勢いで現れたのは、奈々だった。\ 【彼方】 「………………」\ 【奈々】 「………………」\ 【切音】 「いらっしゃい、奈々ちゃん」\ リビングのド真ん中で、俺は裸の切音さんを抱きしめていた。 誰がどう見ても、濡れ場だった、わ〜〜い。\ 【奈々】 「……え? なにこれ? ギャグ?」\ 【彼方】 「そうだな……時間差天丼とか、お約束だよな……」\ 【切音】 「むしろ、ちょっとワンパターンな気もするけど。  さぁ御園くん、早く目を閉じなさい?」\ 【彼方】 「いや、状況を鑑みずに、その行動を続けるのはどうかと!?」\ 【切音】 「離れようとする私を無理やり押さえつけて――  目を閉じないのなら、一体何をするつもりなの?」\ 【彼方】 「既成事実だが誤解だ! 何もするつもりはない!  奈々、この人の話を聞いちゃダメだ! 言っても無駄な気もするが!」\ 【切音】 「少し黙ってくれ、切音姉さん――だなんて、どういう趣味なの?  私は御園くんの姉ではないのよ?」\ 【彼方】 「お前が言えっつったんだろ!!」\ 【切音】 「だって、御園くんったらマグロを強要するんだもの。  私の要望の1つくらい聞いてくれてもいいじゃない」\ 【彼方】 「そんなもんと等価交換した覚えはねぇよ!」\ 姉という言葉と引き換えにしたのは、あんたの沈黙だろうが!\ 【奈々】 「既成事実が、目をつぶってムリヤリ擬似近親マグロプレイ!?  彼方くん、どういうこと!?」\ 【彼方】 「ワンパターンすぎるだろ! いちいちバックログ参照する気も起きねぇよ!  しかも、どんな行為だよ!? お前は意味が分かっていってんのか!?」\ 【奈々】 「よくわかんないけど、彼方くんが変態さんってことは分かったよ!  最低だよ! 彼方くんのお母さんに報告すべき事項だよ!」\ 【彼方】 「そんなもん、絶対に報告すんな!  さしもの母さんも、怒る前に泣き崩れるわ!」\ 【奈々】 「草葉の陰から、彼方くんのお母さんも泣いてるよ!」\ 【彼方】 「人の母親を勝手に殺すな! 高飛びしてるだけだっつーの!」\ 【奈々】 「……本当に、居ないんだね、彼方くんのお母さんたち」\ 【彼方】 「いや、だから何度も説明し――奈々さん?」\ 奈々が俯き、なにやら不穏な空気が流れる。\ 【奈々】 「……切音さんと2人きりで? 切音さんを裸にして?  抱き合って? 何を、してたの?」\ 【彼方】 「うっ……いや、まて、奈々。  説明すると長いんだが、かいつまんで話すとだ――」\ 【奈々】 「言い訳は聞いてないよ、彼方くん。  あたしが来たのに、それでも切音さんから離れないのは、どうして?」\ これはヤバイ。 奈々が本気の怒りモードだ。\ 【彼方】 「いや、それは俺も困っていたんだ! 待て、握り拳を作るな!  このまま離れたら、その、見えちゃうだろ? その……切音さんの裸が」\ 【奈々】 「……ふ〜〜ん、そうなんだね、わかったよ。  切音さんの裸が見えなきゃいいんだね?」\ 【彼方】 「そ、そう! さすが俺の幼馴染! 話せば分かってくれるか!  だから床のバスタオルを取って――」\ 奈々が縮地のような早さで、俺たち2人に近づく。\ 【奈々】 「えい☆」\ /ブス! 暗転/ 【彼方】 「っぐっぎゃああああぁぁぁぁああああ!! 目がぁぁぁぁああああ!」\  問答無用で目潰しをされたぁぁぁぁああああ!! 思わず床を転げまわ、いってぇぇぇぇええええ!!\ 【奈々】 「これで見えないよね! よかったよ!  き、切音さんも、早くバスタオルはおって! もう!」\ 【切音】 「あら? 女同士なのだから、少しくらい見られても構わないけど?」\ 【彼方】 「がぁぁぁぁああああ!!!  んうぬぉぉぉぉおおおお、ぐがらばぁぁぁぁああああ!!」\ 【奈々】 「切音さんも! 彼方くんを誘惑するの、ヤメテよ!  彼方くん、こういう耐性ないんだから、コロっと落ちちゃうよ!」\ 【彼方】 「っだぁぁぁぁああああ!! いてぇぇぇぇええええ!!」\ 【切音】 「私としては、コロっと落ちちゃってくれて構わないけど?」\ 【奈々】 「切音さん!!!」\ 【彼方】 「うぁぁぁぁああああ、ぬぼろぉぉぉぉおおおお!!!」\ 【奈々】 「彼方くん、ちょっとうるさいよ!  今は切音さんと話してるんだから、ちょっと黙っててよ!」\ ……。\ ……そんなこんなで。 我が家に、部活の先輩に加えて、幼馴染が住むことになりました。\ ……もう……やだよぅ……。\ *story2day1night2 【彼方】 「――だから、機嫌直せって、な?  全部が全部、誤解なんだ。 いわゆる事故ってヤツなんだって」\ 【奈々】 「…………」\ 時刻は午後11時、そろそろ真夜中の気配が忍び寄る頃合。 綺麗な月は夜空に浮かび、太陽は地中で高いびきをかいている。\ ――俺は部屋で、むくれきった奈々を必死に宥めていた。\ 人のベッド上で、恨みがましい視線を向け続けて、早1時間。 非武装抵抗を続ける奈々を説得し続けて、早1時間。\ ……もうそろそろ寝たいんですけど、明日も学校なんです。\ 【奈々】 「彼方くん、最低だよ、無節操だよ、お猿さんだよ……」\ 【彼方】 「とうとう猿呼ばわりか……意味を分かって言ってるのか?  まぁ、どう罵倒されても仕方ないとは思うが……」\ 説得とは名ばかりで、奈々の恨み事を延々聞いているだけ。 いつもの俺たちの喧嘩方法だった。\ 【奈々】 「彼方くんなんて……。  タンスの角に小指をぶつけて、悶絶すればいいんだよ……」\ 【彼方】 「地味に痛そうな怨み言を言うよな……」\ 【奈々】 「冬の寒空の下、素足に縄跳びで2重跳びをして引っかかればいいよ……。  階段を下りきったと思ったら、もう1段あって足を挫いちゃえばいいよ……」\ 【彼方】 「うわぁ……すげぇ痛そう」\ 【奈々】 「カップ麺にお湯を注いで、途中でお湯が切れちゃえばいいよ……。  ホームに到着した瞬間に、電車が出ちゃえばいいよ……」\ 【彼方】 「聞くだけでイライラしてくる……」\ 【奈々】 「野球中継の延長で、深夜アニメの録画時間がズレちゃえばいいよ……。  自販機のお釣りが、全部10円玉で出てきちゃえばいいよ……」\ 【彼方】 「……そのくらいの不幸なら、甘んじて受け入れるけどさ。  お前って実は、そんなに怒ってないだろ?」\ 怨み言レベルが、いつもの半分以下である。\ 【奈々】 「……怒ってるよ! 怒髪、有頂天になってるよ!  腹が煮え繰り返って茶を沸かしてるよ!」\ 【彼方】 「怒ってるんだか、喜んでいるんだか、笑ってんだか……」\ いつもの幼馴染の、バカな怒り方だった。\ 【彼方】 「……ベッド、座っていいか?」\ 【奈々】 「彼方くんのベッドだよ……」\ そう思うなら、その上で占領活動に勤しまないで欲しい。\ 【彼方】 「…………」\ 【奈々】 「……何か話してよ……沈黙は嫌いだよ……」\ 【彼方】 「ってもな、俺もこれ以上、何を言っていいのかわからんし。  あまりしつこく誤解だ偶然だって言っても、それはそれで怪しいしな」\ 【奈々】 「怪しいも何も、限りなく黒に近いグレーだよ……。  8bitグレースケールで言うと2諧調目くらいだよ……」\ 【彼方】 「それはもう灰色じゃなくて、まごうことなき黒色だから。  2階調目って8bitでも16bitでもほぼ真っ黒だぞ」\ 【奈々】 「RGBカラーで言うと、#000001だよ……」\ 【彼方】 「しかもそっちかよ、とことん黒だな……。  人間の色識別能力じゃ区別がつかんぞ」\ 【奈々】 「太陽質量の30倍以上の星が爆発だよ……」\ 【彼方】 「それブラックホールじゃねぇか、時空が歪むほどの黒さかよ」\ 赤点常連の癖に、よくそんな下らない数字を覚えてるな。 ――って、ああそうか、あの時にそんな話をしてたっけ。\ 【彼方】 「…………」\ 思い出したくもない、過去の情景が浮かびかけ。 ……それを頭の中からムリヤリ振り払う。\ 【彼方】 「――わかった、わかったよ。  ならどうすればお前が許してくれるか、そこを話し合おう」\ 【奈々】 「……なにそれ?」\ 【彼方】 「したとか、しなかったとかの、水掛け論はそろそろやめようぜ?  俺が悪い、そこは確定でいい、俺的にも反省する部分が多々あったし」\ 切音さんを敵視しそうになったこと、とかな。\ 【彼方】 「だから、俺は奈々にどうしたら許してもらえるか。  それを考えた方がよっぽど建設的だ」\ 【奈々】 「……開きなおりだよ」\ 【彼方】 「なんとでも言え、甘んじて受け入れてやるさ。  ――あまり、俺の精神キャパを過大評価すんな」\ 【奈々】 「……? 何のことを言ってるの?」\ /音楽変更/ 【彼方】 「もう結構ギリギリなんだよ。  親父たちが、居なくなったことに決まってるだろ」\ 【奈々】 「あ……」\ 夜逃げ、高飛び――世紀末の昨今、言葉自体は良く聞くが。 簡単な話が『失踪』ということに他ならない。\ 切音さんの話し振りを聞く限り、命の危険ということは無いと思う。 けれど、そこに保証は何も無い。\ そもそも借金取りが来る兆候も、それらに似たヤツ等が来た記憶もない。 普通はそういったものに耐えかねて、そういうことをすることなのに、だ。\ だから、この状況はあまりにも異常だ。 考えても考えすぎるということにはならない。\ 家族の俺に、何の連絡も報告も兆候も無く、消える。 手品ショーではないにしろ、種も仕掛けもあるに決まっている。\ だから、これが高飛びだったとしたなら―― 切音さんの言葉を信じるとするなら――\ 段取りをつけたであろう切音さんの手際が、よっぽど良かったか。 ……あらかじめ着々と準備をしていたか、のどちらかだ。\ 【奈々】 「ご、ごめん、ごめんなさい!  ちょっと――ううん、凄く無神経なことしてた、ごめん、なさい……」\ 奈々が弾かれた様に、俺へとしがみつく。\ 【彼方】 「謝らなくて良いって。  当事者の俺もそこまで悲観してるわけじゃないから」\ 【奈々】 「そ、そうだよね!  こんな時に、イロにうつつを抜かすような彼方くんじゃないよね!」\ 【彼方】 「あ、ああ……そこまで的を得たりみたいな顔されても、ちょっと困るが。  というか、イロとか意味分かってんのかよ?」\ 【奈々】 「そんな時に、切音さんの胸は柔らかいなぁとか!  お風呂上りで良い香りがするなぁ、とか考える訳がないよね!」\ 【彼方】 「……う、うん、そう……だね……」\ 【奈々】 「図らずとも抱きしめることが出来てちょっと役得〜〜、とか!  理性が飛びそうだ〜〜、なんて思う訳が無いよね!」\ 【彼方】 「…………」\ 俺の事を信じきった顔で断言された。 普通に怒られた方が、まだマシな量の精神ダメージを負ってしまった。\ なんだろう、自分が酷く矮小な存在に思えてきた……。\ 【彼方】 「あの、な、奈々さん? まだ怒ってらっしゃいますか?」\ 【奈々】 「え? どうして? 全然怒ってないよ?  むしろ、あたしの方が謝りたいよ……ごめんね、彼方くん」\ 【彼方】 「うわぁ……、マジすまなそうな顔で謝られたぁ……」\ 良心の呵責で人を殺せるのなら、間違いなく俺は腐乱死体になっていた。 完全犯罪ですね、わかります。\ 【彼方】 「あ、あ〜〜、こほん、奈々さんや、話を元に戻そう。  何かして欲しいことはあるか?」\ 【奈々】 「え? そんなのいいよ! 特に欲しいものもないです!」\ 【彼方】 「……して欲しいことであって、欲しい物は訊いてないからな?  あまり金のかかることは勘弁して欲しいんだが――」\ 【奈々】 「敢えて挙げるとするなら、お菓子が欲しいよ!」\ 【彼方】 「まんまモノじゃねぇか……人の話を聞けよ。  そのくらいなら良いけどさ」\ 【奈々】 「彼方くんの手作りがいいな!  ホールケーキをちゃちゃっと用意してくれると、凄く喜ぶよ!?」\ 【彼方】 「いきなりハードルが跳ね上がった!? 難易度たけぇな!?  さしもの俺もケーキ作りはしたことないぞ……」\ 【奈々】 「レアチーズケーキがいいな!  お茶はダージリンで、インド産を手摘みしてきてね!」\ 【彼方】 「ハードルが棒高跳び並に!? 材料の仕入れから俺がやるのかよ!?  そもそも1ホール丸ごと食うつもりか!」\ 【奈々】 「ホールケーキとは言ったけど、誰も1ホールとは言ってないよ!」\ 【彼方】 「なんだと!? キサマの胃袋は異次元に繋がっていると言うのか!?」\ 【奈々】 「あたしの胃袋は彼方くんの黒さに匹敵するよ!」\ 【彼方】 「ブラックホールのように食い尽くすと言うのか!?  くっ! 軽々と完食する光景が目に浮かぶようだ!」\ バカな会話はこの辺にして。\ 【彼方】 「――他には何かないのか?」\ 【奈々】 「……え……ケーキ、駄目、なの……? どう……して……。  ね、ねぇ! 彼方くん! どうして!? どうしてなの!?」\ 【彼方】 「うわぁ……マジ泣きだぁ……本気で無茶な要求してたのな……」\ こいつの菓子への執念を垣間見た気分。\ 【彼方】 「そういうことじゃない、ホールケーキは無理だろうけど作ってやる。  ――美味しいかどうかは保証しないからな? そこは覚悟しとけよ?」\ 母さんの持ってた料理本の中に、確か菓子作りのものもあったはずだ。 キッチンあたりを探せば、レアチーズケーキのレシピくらい載ってるだろう。\ 【彼方】 「それとは別に、何かないかってことだ。  ほら、料理だと俺の楽しみになっちまうだろ?」\ 【奈々】 「彼方くんって昔から料理好きだもんね!  良いお嫁さんになれるよ!」\ 【彼方】 「子供の頃から味見役にしかならないヤツが、言って良い台詞じゃねぇよ。  お前もちっとは料理スキルを上げようとか思ったらどうだ?」\ 【奈々】 「たまに手伝うこともあったよ!」\ 【彼方】 「……この前は、黒酢とバニラエッセンスを間違えたよな?  その前は、砂糖と重曹を取り違えたよな!?」\ 【奈々】 「味見してみて、死ぬかと思いました!  アレが天国の味って言うんだね!」\ 【彼方】 「言わねぇよ! 全国の調理師免許を持ってる人たちに土下座しろ!」\ 閑話休題。\ 【彼方】 「ケーキについては、後で詳しく調べておくよ。  ――で、他にないか? 何でもいいぞ?」\ 【奈々】 「……う〜〜ん、さしあたって特に無いよ……。  ……あ」\ 何かを思いついたような奈々が、そのまま恥ずかしそうに顔を伏せる。\ 【彼方】 「ん? 何か思いついたことでもあるのか?」\ 【奈々】 「え、と……、その、思いついたけど、これはいいと言いますか……。  ……ん、とね、同じことなんだけど……」\ 【彼方】 「奥歯に物が挟まったみたいな言い方するなよ。  お前には似合わないから、遠慮なんてすんな」\ 【奈々】 「と、特に、絶対に、して欲しいわけじゃなくて!  彼方くん、さえ、良ければなんだけど……」\ 【彼方】 「だから、何をだよ、わけがわからん。  いいから言ってみろ、話はそれからだ」\ 【奈々】 「じゃ、じゃあ言うよ? 言っちゃうよ!? 言っちゃうんだよ!?  言っていいんだね!? 後悔しないよね!?」\ 【彼方】 「お、おう……」\ 何度も念を押して確認してくる奈々に、思わず腰が引けてしまう。 身を乗り出すようにして、俺の服のすそを掴み、そのまま深呼吸し始める。\ 【奈々】 「ふぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」\ ……そんなに言いにくいことなのか? 【奈々】 「き! 切音さんと!」\ 声が思いっきり裏返っていた。 しかも顔が真っ赤だった。\ 【彼方】 「ちょ、ちょっと奈々、落ち着けって、そんなに興奮すんな。  お前はただでさえ――」\ /音楽変更/ 【奈々】 「お、同じことを! して、ほしい……な……」\ 【彼方】 「…………………………」\ 状況確認、ベッドの上。 服を掴まれ、逃げ場は皆無、幼馴染と2人きり。\ 【奈々】 「…………………………」\ 【彼方】 「…………………………」\ 同じこと、って、え? 何? 俺、切音さんに何をしたっけ?\ 【奈々】 「だ、抱きしめ……て……ほ、欲しいな、……って思っただけ……だよ?」\ 【彼方】 「…………………………」\ 【奈々】 「……ほら、後悔した……」\ 【彼方】 「い、いや、そういうんじゃないけど……」\ 切音さんの時とは違って、本気で逃げ道が無かった。 服を掴まれていることは勿論、軽口を叩いて話題を逸らすことも。\ 【彼方】 「……同じって、お前、状況が違うだろ」\ 【奈々】 「……裸になれってこと?」\ 【彼方】 「ちげぇよ……」\ 個々は俺の部屋で、プライベートな空間で、ベッドの上だ。 お笑い番組の流れていたリビングとは訳が違う。\ 【奈々】 「……な、なるよ?」\ 【彼方】 「へ?」\ 【奈々】 「か、彼方くんが、そっちじゃなきゃヤダって言うなら……」\ ダメだった。 自制しようと思っても、心臓の鼓動の周期がドンドン短くなっていく。\ あまりにも、次の言葉の予想が出来てしまう自分が嫌だった。 ――いや、予想ではなくて――期待してしまう自分が、嫌だった。\ 喉が渇く、カラカラだ。 こんなに緊張したのは、いつ以来だろう?\ ごくり、と喉が鳴る。\ 【奈々】 「……裸に……なる、よ?」\ 消え入りそうな声で、けれど確かに、奈々はそう言った。\ 【彼方】 「…………………………」\ 限界だった。 この手の雰囲気に全く耐性の無い、臆病野郎だった。\ 【彼方】 「お、おいおい、お前、熱でもあるのか?  顔とか熱いし、風邪でも引いたんじゃないか?」\ チキンだった。 この期に及んで、まだ逃げようとする最低なヤツだった。\ 【奈々】 「……ぁ」\ 右手を伸ばし、奈々の額に当てる。 昔から何度もやってきた、熱を測る動作、何十回も繰り返した行動。\ ――失敗だった、致命的だった、この上なく大失態だった。 軽口で気を逸らせようとした、という意味ではない。¥ ……この状況において『相手に触れる』という意味で、だ。\ 【奈々】 「……ん」\ 奈々が服の裾から左手を離し、俺の右手に追従するように触れる。 下へのベクトルがかかる。\ 俺の手は奈々の顔を滑り。 そして奈々は、そのまま俺の右手に頬擦りを始めた。\ 【彼方】 「…………………………」\ 例えるなら、子猫が安心しきった様子で。 比喩するなら、母親にじゃれ付く赤ん坊のように。\ 手のひらに奈々の感触が伝わる。 柔らかく、温かく、きめ細かく、少し汗ばんだ肌。\ 視線だけは、俺から外さずに。 それこそ熱病に浮かされた表情で。\ ……俺を見つめる。\ 【奈々】 「…………………………」\ 動けなかった。 手を振り解くことは容易だが、それをしたら奈々が傷つくと思ったから。\ いや、良い訳や相手を気遣うのは止めよう。 ――結局のところ――俺が、離したく、なかったからだ。\ 偶然か必然か、親指が奈々の唇の端に触れる。 柔らかいとしか言いようがない、瞳が奈々の唇に釘付けになる。\ ピンク色、ふっくらとした口唇、甘い匂い、気怠げな吐息。 息ができない、視線が外せない、顔が紅潮していく、クラクラしてくる。\ ――不意に奈々の唇が、俺の親指へと啄ばむ様なキスをした。\ 【彼方】 「……っ」\ 思わず声が出てしまう。 想像していた以上の柔らかさと、ほどよい湿り気と、心地よさ。\ 口付けと言うよりも、マーキングのようだと、思った。 これは私のものだと、私だけに許された行為だと。\ 印を、つけられた。 心を、鷲掴みにされた。\ 眩暈と動悸が二重奏になり、正常な理性が働かない。 ――ダメだ、離れろ、お前はまだ何も成し遂げてない。\ 体が引き込まれるように、奈々に近づいていく。 ――けじめをつけろ、お前はまた間違いを犯すつもりか。\ 奈々の目蓋が閉じられる。 ――自分の感情に流された結果が、今だぞ。\ /音楽ストップ/ そして。\ /コンコン、ガチャ、切音登場/ 【切音】 「御園くん? いるかしら?」\ 【彼方&奈々】 「――っ!!」\ /ドーーン、ガシャラドンゴンバサバサ/ 【切音】 「……どうしたの、そんな部屋の隅で?  今、ベッドから吹き飛んでなかった?」\ 【彼方】 「……い、いえいえ、な、何でも、ない、です」\ 思いっきり奈々に突き飛ばされた。 壁に打ち付けた背中が、滅茶苦茶に痛かった。\ /音楽変更ボケボケ/ 【切音】 「……? 奈々ちゃん?」\ 【奈々】 「な、なななななななな何でスカ!?」\ 思いっきり顔を赤らめて挙動不審だった。 ベッドの上に膝立ちで、ワタワタしていた。\ 【切音】 「…………お邪魔だったかしら?」\ 【奈々】 「なななな何のことだかさっぱり分からないよ!?  やややややましいことも、やらしいこともしてないよ!?」\ 【切音】 「私は、2人の話の邪魔かしら、という意味で言ったのだけど。  その様子だと、仲直りできたみたいね?」\ 【奈々】 「あ……そそ、そういう意味デスカ!?  う、うん、仲直りは、した、かな!?」\ 【切音】 「前より、もっと深い仲になるようなこともした?」\ 【奈々】 「えええええっと、何もしてないよ!?  裸じゃないもん! 寸止めだったし!」\ 凄い墓穴を掘っていた。 竪穴式の墓標でも作る気か。\ 【切音】 「ん〜〜、御園くんも良い感じで、女性関係にだらしなくなって来たわね。  その調子で頑張りなさい」\ 【彼方】 「……そんなことを言いに、わざわざ俺の部屋に来たんですか」\ 【切音】 「ああ、そうそう、御園くんに康平くんから電話よ?」\ 【彼方】 「……康平から?」\ 机の上に置いた携帯を見る。 着信ランプは光ってない。\ 【彼方】 「どうしてわざわざ家の電話にかけてくるんだか……。  というか、切音さんも人の家の電話に勝手に出ないで下さいよ……」\ 【切音】 「ごめんなさいね、お邪魔しちゃったようで」\ 【彼方】 「…………」\ ぐうの音も告げられず、立ち上がる。 奈々と目が合う。\ 【奈々】 「……ぁぅ……」\ おもいっくそ顔を赤らめやがった。 ちくしょう、奈々のくせに生意気にも可愛いじゃねぇか。\ 【彼方】 「……その、何だ……今日は泊まっていくのか?」\ 【奈々】 「と、泊まるよ! 何があっても泊まるよ!  天変地異が起きても泊まるよ! 地球が流れ星になっても泊まるよ!」\ 【彼方】 「……じゃあ俺のベッドを使え、どうせいつもの枕を持ってきてるんだろ?  俺はリビングのソファーで寝るから」\ 【奈々】 「ら、ラジャりました……」\ さすがにあんなことのあとで、何事もなく1夜を共にできる自信はない。\ ――やばいな、良い感じに頭が融けてやがる。 頭を冷やすためにも、とにかく康平の電話だ。\ 【切音】 「御園くん、私もこの部屋で眠って良いかしら?」\ 【彼方】 「……別に構いませんけど、あまり部屋を荒らさないで下さいよ?  見られて困るものは特にないですけど、気持ちの良いモンでもないので」\ 【切音】 「大丈夫よ、そんなことよりも興味がそそられることがあるわ。  奈々ちゃんと『積もる話』もあるものね」\ 嗜虐思考全開の凄い笑顔で言われた。\ 【奈々】 「……ぁぅ……か、彼方く〜〜ん」\ きっと、ねちっこく仔と細やかに何があったのか訊かれるだろうが。 ……すまんな、奈々、ちょい俺も精神状態限界。\ 【彼方】 「さて、電話に出てくるか」\ /暗転/ 【奈々】 「逃げたよ!? 薄情ものだよ!」\ 【切音】 「あら、逃がさないわよ?  ――さて、私が来るまで何があったのか、話してもらいましょうか」\ 【奈々】 「た、助けてよ、彼方くん、彼方く〜〜ん!」\ そんな声が、階段を下りる俺の背中から聞こえてきた気がする。 きっと気のせい、気のせい。\ /リビング/ /音楽変更/ 【彼方】 「もしもし? 康平か?」\ 【康平】 『……随分と長く待たせるな、何かあったのか?』\ 【彼方】 「別に何もありゃしねぇよ……お前こそ、どうしたんだ?  わざわざ家の電話に掛けてくるなんて珍しいな」\ 【康平】 『いや、特に理由はない――何だ、随分と不機嫌だな。  もしかして今のは、携帯を持っていないオレに対する嫌味だったか?』\ 電話の声だけで俺が不機嫌だとわかるお前も、相当に聡いよな……。\ 【彼方】 「そんなんじゃないって、ちょっとやなコトがあっただけだ」\ 自分自身が嫌になることが、な。\ 【彼方】 「そろそろお前も携帯を買ったらどうだ?  何かと便利だし――ほら、前のバイトの給料とかあるだろ」\ 【康平】 『ああ……あれなら忍の携帯代になっている』\ 【彼方】 「……まずは自分の携帯を買えって」\ 【康平】 『しかたないだろう、祖父たちの年金をホイホイと奪うわけにもいかない。  世話になってる身だ、その辺りは自分でなんとかする』\ 【彼方】 「遠慮しすぎだと思うけどな……。  そういうことを煩く言う人たちでもないだろ?」\ むしろ喜んで買い与えちゃう側の人たちだ。\ 【康平】 『けじめは大事だ、彼方、甘えは良くない』\ 【彼方】 「……忍ちゃんの携帯を優先してるお前が言うなよ。  お前は、忍ちゃんを甘やかしすぎだと思うぜ?」\ 【康平】 『そんなことは――ん、いや、……そう、かもな』\ 【彼方】 「……? どうかしたか?」\ こいつにしては珍しく、声の調子が落ちる。 いつでもハキハキ馬鹿なことをはっきり言うのに。\ てっきり『当たり前だ』的なことを言うと思ったんだが。 少し意外な思いと、微量の違和感。\ 【康平】 『ああ、いや、なんでもない。  ――そういえば、本当に切音さんがいるんだな』\ 【彼方】 「あ、ああ、電話に出たんだっけ」\ 今度からは、勝手に電話に出ないよう言っておかないと。 どこでおかしな噂が立つとも限らない。\ 【康平】 『そうだ、性癖の誤解は解いておいたから、安心すると良い。  切音さんも納得してくれたようだ』\ 【彼方】 「……いや、お前、取ってつけたように言ってるけど。  そんな重要なことを電話で済ますなよ」\ 【康平】 『彼方も、なるべく早く誤解は解いて欲しいだろうからな。  電話で話す内容ではないと思ったが、恥を耐えて頑張った』\ 【彼方】 「元凶が何を言っても、今更感がプンプン漂うなぁ……」\ /音楽変更ボケボケ/ 【康平】 『彼方は実のところ、フトモモフェチだと伝えておいた』\ 【彼方】 「ふざけんな、てめえ! それは誤解を解いてねぇよ!  両立するフェティッシュなんだよ! 誤解を増やしてどうする!?」\ 【康平】 『フトモモフェチじゃないのか?』\ 【彼方】 「違う! ……いや、全否定はできないが!  少なくとも、この場では否定させてもらおうか!」\ 【康平】 『彼方は正直者だな、嫌いと言えない所に好感が持てる』\ だって、綺麗なラインとか好きなんだもん。 わかるだろ、ゴールドフレンド?\ 【康平】 『切音さんも納得のようだった』\ 【彼方】 「納得しちゃうんだ!?  やめて! これ以上、俺を変態にしないで!」\ 【康平】 『――それなら靴下に反応しないのも頷けるわ。  スパッツにすべきだったかしらね――と言っていたが』\ 【彼方】 「そんな風に納得するんだ!? どういうことなの!?」\ 【康平】 『と、冗談はこのくらいにして、だ』\ 【彼方】 「いやまて! それは本当に冗談なんだよな!?  どこからどこまでが虚実なのか、はっきりしてくれないか!?」\ 【康平】 『その辺りは、彼方の有り余る想像と妄想力に任せるとしよう。  ――っと、もうこんな時間か』\ 康平が電話越しに咳払いをする。\ /音楽変更/ 【康平】 『その何だ……。  こういう言い方をすると変なヤツと思われるかもしれないが――』\ 【彼方】 「……そもそもお前のことは変人として扱っているから安心しろよ」\ 【康平】 『そうか、それなら安心だ。  ん――こほん』\ 咳払いと呼吸を正す気配が電話越しに伝わってくる。 ……変人として扱われると安心するこいつは、間違いなく変態だ。\ 【康平】 『オレに、何か言うことはないか?』\ 【彼方】 「……は? 何かって何がだよ?  言葉の意味が曖昧すぎて、よく分からんぞ?」\ 【康平】 『そんなことはないだろう!』\ 【彼方】 「……………………声が、でけぇよ……………………」\ 突然の激昂を至近距離で聞いた為に、耳がキーンとする。\ 【康平】 『あ、ああ、すまない、オレとしたことがカッとなってしまった。  すまん、反省はしていない』\ 【彼方】 「そこは嘘でも反省するって言ってくれ……。  あ〜〜、いってぇ……」\ 電話を持つ手を入れ替える。 こいつが本気で声を荒げるなんて、珍しいこともあるもんだ。\ 【彼方】 「――で、何だっけ?」\ 【康平】 『……オレに何か言うことはないか、ということだ』\ 【彼方】 「……なんじゃそりゃ……?  ……ん? ああ、そうか、忍ちゃんから聞いたか?」\ そうそう、7月3日、皆で遊ぶ約束を忍ちゃんとしたんだ。 こいつの予定も聞いておかないとな。\ 【康平】 『そのことだ』\ 【彼方】 「ああ、なるほど――で、7月3日だけど、お前は大丈夫か?」\ 【康平】 『大丈夫なわけがないだろう!』\ 【彼方】 「……………………だから、声が、でけぇっつーの…………………………」\ 【康平】 『あ、ああ、度々すまない、彼方ごときに思わずカッとなってしまった。  すまん、反省はそのうちするかもしれない』\ 【彼方】 「そのうちじゃなくて、今すぐにしろよ……。  しかも、ごときっつったな、てめぇ……」\ 【康平】 『あ、ああ、重ね重ねすまない、つい、その、本音が』\ 【彼方】 「よ〜〜し、その喧嘩、買ってやる!  顔と腹を洗って待ってろ、今から殴りに行くからな!」\ この野郎、久々にトサカに来たぜ……。 気分はチャゲアスでヤァヤァヤァだ。\ 【彼方】 「人が折角、遊びに誘ってやろうと思えばコレかよ……ったく。  俺も良い親友に恵まれたもんだ……」\ 【康平】 『……何の話を言ってるんだ?』\ 【彼方】 「は? だから、7月3日のことだろ?  お前も剣道で忙しいんだろうけど、1日くらい忍ちゃんの為にだな――」\ 【康平】 『ちょ、ちょっと待ってくれ、彼方!  本気で何の話をしているんだ!?』\ 【彼方】 「……いや、だから……お前、部活なんだろ?  部活があるから行けそうもないとか、何故その日にしたとかの――」\ 【康平】 『…………………………』\ 電話の向こうが黙りこくってしまった。 双方向の会話のみコミュニケーションで、沈黙は勘弁して欲しい。\ 【彼方】 「……おい、康平? どうかしたか?  勝手に日取りを決めたのは悪かったよ、けどな、1日くらい――」\ 【康平】 『…………………………』\ 【彼方】 「おい、聴いてるか? それとも寝ちまったか?」\ 【康平】 『……すまん、彼方、電話を切る。  急用ができてしまった』\ 【彼方】 「オイコラ、急に電話してきたと思ったらそれかよ……。  お前ら全員、俺をおちょくってるんじゃないだろうな……?」\ 【康平】 『今度ばかりは全面的に俺が悪いようだ。  すまない、後で俺にセクハラできる権利3回分をくれてやる』\ 【彼方】 「嬉しくねぇ〜〜」\ そんなもん、頼まれてもいらねぇよ。\ 【康平】 『後で、必ず礼をする、完全にオレの勘違いだ、ではな』\ /がちゃん、ツーツーツー/ 【彼方】 「……んの野郎、マジで一方的に切りやがった」\ 仕方がないので、しぶしぶ受話器を置く。 一体全体、何の用事だったのやら。\ 最後の辺りは、話が噛みあわないというか。 ……いや、同じことを話しているのに、前提条件が違うというか。 【彼方】 「……まぁいいか」\ 考えても解答は出なさそうだ。\ さて――夜も更けてきたし、そろそろ寝るとしよう。 タオルケットはどこにあったかな……。\ 【切音】 「御園くん、ちょっといいかしら?」\ 背中から聞こえた切音さんの声に振り返る。 そこには、切音さんと奈々がいた。\ 【彼方】 「…………」\ 【奈々】 「……ぁぅ……」\ 切音さんに半身を隠すような奈々と、視線がぶつかる。 俺にチラチラと視線を送り、照れたように顔を赤らめる。\ 【切音】 「電話は終わったのかしら?」\ 【彼方】 「あ〜〜っと、そうですね、多分終わったのかな?」\ 【切音】 「そう、それなら良かったわ、夜更かしは肌の天敵だもの。  早くベッドで眠りましょう?」\ 【彼方】 「……いや、俺はリビングで寝ますってば。  ソファもありますし、こういう雑魚寝みたいなのは部活で慣れましたし」\ 【奈々】 「だ、ダメだよ!  押しかけてきたあたし達だけ、ベッドだなんて!」\ 【彼方】 「……気持ちは有難いけどな。  かといって、3人仲良く川の字になって寝るわけにも――」\ 【切音】 「あら、よくわかっているじゃない、その通りよ」\ 【彼方】 「…………」\ 切音さんの言葉を、頭の中で反芻する。 ――うん、無理。\ 【彼方】 「ベッドの敷地面積を考えて下さいよ。  どう足掻いても無理でしょう」\ 【切音】 「大丈夫、両腕で私たちを腕枕すればいけるわ。  この場合、川の字というより、ホの字と言うべきかしら」\ 【奈々】 「り、両手に花だよ、彼方くん!」\ 想像するに、世間一般的な解釈で羨ましい構図かもしれないが……。 そんな胃の痛くなる光景は、謹んで遠慮させてもらおう。\ 【彼方】 「……今日は朝から疲れたんで、1人で寝かせてくださいよ」\ 【切音】 「あら、何を勘違いしているのかしら?  御園くんに、拒否意思なんていうものは存在していないのよ?」\ 【彼方】 「権利どころか意思からかよ……憲法で保障されてる思想の自由はどこに……。  俺って国民扱いされてないのか……?」\ 【切音】 「下着の色から夕食の献立、試験の4択問題に到るまで――  御園くんに決定権など無いわ」\ 【彼方】 「いや、そのくらいの決定権ならある筈だ!  そこまで流されっぱなしの人生じゃない!」\ きっとそうだと思いたい。\ 【切音】 「そうね――明日の朝食は、流しそうめんにして頂戴。  御園くんの顔を見ていたら無性に食べたくなってきたわ」\ 【彼方】 「理由が酷すぎる! 名誉毀損レベルだ!」\ 【奈々】 「おそうめん!? あたし大好きだよ! 彼方くん、お願い!」\ 【彼方】 「食べ物の話になると食い付きが良いよな、お前は!  さっきまでの恥じらいはどこに行ったよ!?」\ 目を爛々と輝かせて、こっちに擦り寄ってきやがった!\ 【切音】 「さぁ早く寝ましょう?」\ 【奈々】 「そうめん、そうめん、おそうめん♪」\ 【彼方】 「お前ら、人の話を聞けよ!  奈々、人の腕を引っ張るな!」\ 【切音】 「ここまできておいて、往生際が悪いわね。  これも運命だと思って諦めなさいな?」\ 【彼方】 「俺は、絶対に、諦めない! 幸せを! 掴むんだ!」\ 【奈々】 「彼方くん、往生際と生え際が悪いよ!」\ 【彼方】 「誰がハゲだ、っざけんな!  20代にもならずに、この若い身空で生え際が悪くて堪るか!」\ 【切音】 「そうね、今度3人でお買い物に行きましょう?  育毛剤も買わなきゃね」\ 【奈々】 「そうだね!」\ 【彼方】 「やめろ! 俺がまるで若ハゲに悩んでるように話を進めないでくれ!  必要ないから! 俺はまだフッサフサだから!」\ 【切音】 「そうだ、奈々ちゃん。 私や奈々ちゃん専用の食器とか必要よね。  2人で御揃いの買わない?」\ 【奈々】 「あ、それなら良いお店知ってるよ!」\ 【彼方】 「とうとう、俺を無視して2人だけの会話になっちゃった!?」\ 【切音】 「御園くん、うるさいわ」\ 【奈々】 「彼方くん、うるさいよ」\ /場面変更/ 【彼方】 「ここは俺の家だーーーー!!」\ *story2day1ep 私は、驚きを隠せたと思う\ 驚愕は隙になり、隙は死に繋がる だから、隠せた、と思う\ 【??】 「――聞き間違いかしら? 誰を助けるですって?」\ 【鬼】 「おれの大事な娘だよ」\ ……\ 【??】 「――娘?」\ 【鬼】 「ああ、血も繋がらない、赤の他人の、たった1人の家族だがな?」\ 彼は笑う 優しく、愛しい者を思い返すように\ いつでも物語を狂わせ、 どこまでも世界を否定して、\ ただ否定され、否定してきた彼が、 助ける、という\ ……私には理解できなかった 人を殺し続けた鬼が、今になって、誰かを助けると言う\ 【??】 「……今更、誰かを助けるなんて、なんて都合の良い鬼かしら」\ 私は皮肉を吐き出し それでも、鬼は笑いながら言葉を続ける\ 【鬼】 「っは! 誰かを殺したら、誰かを助けちゃいけねぇってか!?」\ 鬼は儚く笑う\ 【鬼】 「悪い奴は一生悪い奴ってか?  1度でも犯罪おこしたら、そいつは何もしちゃいけねぇってか?」\ 鬼は果敢なく笑う\ 【鬼】 「善は善のまま、悪は悪のまま――良い世の中だなぁ、おい?  そら単純だなぁ、てめぇらは当事者じゃねぇんだ、なんとでも言えるさ」\ 鬼は佩かなく笑う\ 【鬼】 「『こいつはイカレてる』、『病院に押し込んどけ』……。  っは! てめぇらはイカレてねぇのかよ!?」\ 鬼は飽くなく笑う\ 【鬼】 「すげぇよな? てめぇらが見てるものは全員違うのによ?  全員の意見が同じようなもんだったら、そいつが真実だ!」\ 鬼は尺なく笑う\ 【鬼】 「っは! 100人がイカレてんのか? 1人がイカレてんのか!?  んなもんクソ食らえだっつーの! っははは!」\ 鬼は拍なく笑う\ 【鬼】 「っは! っははは! あっははははははははははは!」\ 乱れた狂態をさらし、鬼は笑い続ける 狂った世界の価値観を、断罪するように\ 【??】 「……少なくとも、貴方は狂ってると思うわよ?」\ 【鬼】 「っははは! いいんだよ、おれは……。  なんたって『八神』なんつ〜〜狂った名前だからな」\ ……やがみ、ヤガミ、八神\ 何度も聞いた先代の名前 私が受け継いだ役目の先代\ 私は、もう一度気を引き締めて、彼との間合いを計る 右手にもったナイフを、前に突き出し構える\ 【??】 「――狂いすぎよ、貴方」\ 【鬼】 「はっ! ……それこそ、今更だろ」\ それでも笑いながら 鬼は1歩近づく\ 【??】 「……ブレード、持ってきて良かったわ」\ 【鬼】 「こっちは果物ナイフだから、ってか? っは!」\ 鬼は狂ったように笑う こんな皮肉に満ち溢れる狂った笑顔を見るのは、人生で初だ\ 狂人で、強靭で、凶刃な笑顔が この世の全てを否定し続ける笑顔が、私を見つめる\ 【??】 「――どうして今なのか、訊いても良いかしら?」\ 【鬼】 「……? あん? どういうこった?」\ 【??】 「どうして、私が2人を殺した後に、貴方が来るのよ?」\ 1語1語に怒気を篭めて、鬼にぶつける\ もっと早く来てくれたなら、私が手を汚さずとも済んだのに 2人を、この手にかける必要は無かったのに\ 【鬼】 「っは! おれが早く来てりゃ、そいつらは死ぬことは無かったってか?  おれがあんたを殺せば済む話だもんなぁ? あっはははははははは!」\ ……その通りだ その通り……だった\ 【鬼】 「けどな、そりゃわかんねぇよ。  殺してみなけりゃわからんさ、そいつが7かどうかなんて」\ 【??】 「……ええ、そう、ね……」\ 1から7まで揃える儀式 1から7まで並べる手順 ……1から7まで殺す、物語\ 【鬼】 「さっきの話じゃねぇが、多数決だ、んなもん。  そいつだろって類推が多いから……それだけだ」\ 何が真実なのか分からない 何を信じて良いのか解らない\ 【??】 「厭な……世の中よね、本当に……反吐が出る」\ 【鬼】 「っは! 捻くれた世界だよなぁ?  そりゃそうか、おれみたいな奴がいる世界なんて、縁起でもねぇよな!」\ 【??】 「……本当に魂の底からそう思うわ」\ ――そうして私たちは笑いあう\ この時になっても、まだ終わらない物語 この場面になっても、まだ隠された物語\ けれど 鬼は果物ナイフを腫れ物を扱うかのように優しく握り\ 今までに見たこともない綺麗な笑顔を浮かべて 心を鬼にしたまま、彼は笑う\ 【鬼】 「さぁ……殺しあおうか」\ *story2day2op 何を信じて生きて 何を得るために生きて\ 何を夢見て死んで 何を得られずに死んで\ それだけが繰り返されて、再生される世界\ ……この世界に、救いなどあるのだろうか?\ 【鬼】 「……………………」\ 【??】 「……………………」\ 【鬼】 「……なんてな」\ そう言って、鬼は両手を上げる\ 【??】 「……何の真似かしら?」\ 【鬼】 「いやいや、見たとおりのままだぜ?  ――おれは、別にあんたを殺しにきたわけじゃない」\ 【??】 「なん、ですって……?」\ 殺しに来たのではないのなら ……なぜこいつがここに来た\ 【鬼】 「っは! ――『理由なんて無いわ』、ねぇ?」\ 【??】 「盗み聞きって訳?  さすが鬼と呼ばれるだけあるわね、悪趣味にも程があるわ」\ 【鬼】 「いやいや、単に聞こえちまっただけさ。  聞こうと思ったわけじゃない、単に耳に入り込んじまっただけだ」\ 【??】 「鬼は嘘も得意って訳ね……」\ 【鬼】 「お褒めの言葉、ありがとさん」\ そう言って、鬼は一度は手放したナイフを拾い上げ、ポケットに仕舞いこむ\ 【鬼】 「『理由なんて無い』。  っは! 嘘が得意なのはそっちだろうが?」\ 【??】 「……そうよ、悪いかしら?」\ 私が彼に語った言葉を、嘘と断定して ――断定しながら、それを寛容する\ 【鬼】 「いやいや、悪いことなんて1つもねぇさ。  理由があろうが無かろうが、あんたが人を殺したことに変わりねぇ」\ 目の前の鬼は、凄惨な笑みを浮かべ、私を罵る 全てを否定しようとする私を皮肉る\ 【鬼】 「理由ってやつは便利だよ。  それがありゃあ、並大抵のことでも並大抵でないことも納得されちまう」\ 【??】 「……」\ 【鬼】 「それがなけりゃ、精神的にイカレた行動ってもんにされちまう。  それさえあれば、情状酌量の余地が生まれちまう」\ 【??】 「……」\ 【鬼】 「いやいや、あんたの言うことはもっともな意見さ……。  免罪符っていう意味じゃ、動機ってやつは万能だなぁ?」\ 何かを救う為に、何かを壊し 誰かを助ける為に、誰かを殺す\ 【鬼】 「言ってみりゃあ、優先順位の問題だな。  何かを得るために何かを捨てる、誰かを救うために誰かを見捨てる」\ 天秤にかけて、重い方を優先する\ ……それは、私の生き方 ……それが、私の生き方\ 【??】 「……まるで、私が御園君を軽視した、みたいな言い方はやめてくれない?」\ 【鬼】 「っは! 違うのかよ?」\ 【??】 「違うわよ」\ 何が重くて、何が軽いのか 誰が大切で、誰が切り捨てるべき存在か\ ……そんなことを常に考える人生 そんな……ことをしている私\ 【??】 「違うに決まってるじゃない。  この胸にうずまく慙愧の念を、貴方にも見せてあげたいわ」\ 【鬼】 「っは! ははは! いいねぇ!  感情を見れたら、どんなに素敵な世の中になっちまうんだろうなぁ!?」\ 【??】 「きっと最悪ね」\ 【鬼】 「っは! ちがいねぇ!」\ 軽口と、本音と、悪意と、皮肉と、善意と、親切を交ぜて ――私たちは会話する\ 【鬼】 「まぁいいさ。  次の世界じゃ、あんたが殺すってことにはならないだろうしな」\ 【??】 「……どういう意味かしら?」\ 【鬼】 「そのまんまの意味だよ、後輩。  考えろ、思考しろ、点と点を繋げろ、シナプスを活性化しやがれ」\ 【??】 「そのままって……貴方は娘さんを救うだけでしょう? ミミって子を」\ 彼に聞いたネコミミ少女\ 考えれば分かるはずだ 猫の耳の帽子、鬼のように物語を狂わせ、そして\ 鬼の、娘 ……どう楽観しても、この鬼に関係が無いとは考えられない\ 【鬼】 「あん? あんたにあいつの名前を教えた覚えは無いぜ?  これまたどうして知ってんだ?」\ やはり……か この鬼の娘なら、『彼女』が狂っても仕方がない\ 【??】 「……そこまでは盗み聞きしてない、ってわけね」\ 【鬼】 「ああ、なるほど――そこの死体主人公と、あいつが会ってたって訳か」\ ……死体だと? 誰のせいで、こんなことをしていると思っているんだ\ お前のせいで全てが狂い お前のおかげで、私は全てを投げ打ち\ お前の、お前の、お前の 血に濡れたナイフを再度構えなおす\ 【??】 「どうしてミミって子を助けたら、私が『彼』を殺さずに済むの?」\ 【鬼】 「簡単な話さ、小学生でも分かるぜ?」\ ……つまり、私は小学生以下のオツムだと言いたいわけか 言いたい放題に言ってくれる、どうやら構えたナイフの出番のようだ\ 【鬼】 「いやいや、おっかない顔しなさんな、ちと考えれば分かるはずだぜ?  こんなもん、言葉遊びにすらならねぇよ」\ 【??】 「……」\ そのミミという子が、何を抱えているのか 私にはそんなこと分かるはずも無い\ この鬼が『救う』と言っているのだ その子も、何かを悩み、苦しみ嘆いているということだ\ それを取り除くことが、私に関係している? どういう、ことだ?\ 【??】 「……私は、ミミって娘には会ったこともないんだけど?」\ 【鬼】 「そりゃあ、そうだろ、あいつはお喋りだからな。  あんたみたいな男勝りな人間に会ったら、おれに何かしら言ってくるさ」\ 【??】 「あら? 自分では十分に純情可憐な乙女だと思っているのよ?」\ 【鬼】 「確かに、あんたは完璧に女の子だと思うぜ?  いやいや、さっきの濡れ場なんて、不覚にも思わずおっきしちまった」\ 【??】 「あらそう? そんな後輩と違って、先輩様は随分と下品なのね」\ 【鬼】 「っは!」\ ……どうして私は、こんな場面で鬼と軽口を叩いているのだろうか? 人を殺して、人を殺した男と、狂った時間に、狂った場所で\ ……私も相当狂ってる、のだろう 人に混じらず、人を捨てた鬼と、対等に会話を交わせるのだから\ 【鬼】 「おいおい、ま〜だわからねぇのか?  制限時間があったら、間違いなく時間切れだぜ?」\ 【??】 「生憎と、鬼の考えることは想像もできないのよ」\ 【鬼】 「っは! 簡単な話だろ?  あんたが『そいつ』を殺したのは、誰のせいだ?」\ 決まってる お前のせいだ\ 【鬼】 「で、このままだと、あいつもおれの跡を継ぎそうな勢いだからな。  そいつは、全力で阻止しなきゃなんねぇ」\ 【??】 「……継ぐって……貴方の『八』なんてどうやって」\ 【鬼】 「八どころの騒ぎじゃねぇよ――八、九、十、物語の全てを、だ」\ 溜め息をつき、天井を仰ぎ、鬼は笑う\ 【鬼】 「っは! あんたは知らないだろうけどな。  願いを叶える云々は、あいつの母親の力だぜ?」\ 【??】 「……それは、初耳、ね」\ 【鬼】 「そもそもが人のおれと、比べるまでもねぇな。  あいつは、純粋に鬼の力を継いでる――文字通り、後継者ってヤツだ」\ 【??】 「……貴方、まさか」\ ここに至って、思い至る いや、思い至ってしまった\ 【鬼】 「っは! おれは継いで欲しくなんてねぇけどな?  おれは接ぎ木かっつーの、っざけんなアホ娘が」\ もしかしてこいつは もしかしなくても、この鬼は……\ 【鬼】 「そういうこった」\ 絶句する そんなもの、私が予想できるはずも無い\ 【??】 「……狂ってるわ」\ 【鬼】 「狂ってるさ」\ 儚い笑顔を浮かべ、鬼は両手を広げる\ 【??】 「貴方……」\ 喉が渇く 恐ろしい化物に遭遇したという実感が、ようやく涌いてくる\ 何を願っているのだ、この鬼は 理解が、できない\ 【??】 「貴方は……」\ いや、理解できないのではない、理解したくないのだ 理解したら――理解できたら、人間ではなくなる\ 人間とは呼べないものが、望む願い 鬼だけが心から望み、叶える世界\ 【??】 「貴方は……『自分を』……」\ 全てはこいつのせいで だから『その願い』が叶えば、何も起こらない筈だから\ つまり、この鬼は――\ 【鬼】 「……っは! っははは! あっははははははははははははははは!  あっははははははははははははははははははははははははははは!」\ 狂ったように笑う 鬼は、狂ったように笑うだけ\ 【??】 「……『自分を』……『消す』の?」\ *story2day2morning1 1983年6月30日、木曜日。 水無月、伏月、弥涼暮月の最終日。\ 黒い月と11の眼だとか、仮面を被ってうたっちゃうとか。 そんな世界とは、何の関わりなしに。\ 目が覚めると、そこは俺のベッドの上だった。 目覚まし時計は、いつもの6時を指している。\ 【彼方】 「…………………………」\ 上半身をゆっくりと起こす。 心地の良い朝だ、カーテンの向こうから木漏れ日のような明光。\ 今日も良い天気になるのだろう。 寝る前に一瞥したテレビの週間予報は、ずっと晴れのままだ。\ 【彼方】 「……うん、まぁ、そうだね」\ 左隣を見る、ベッドの羽毛布団に置いた左手の傍。\ ――いつものように、奈々が寝顔を見せていた。\ 右隣を見る、ベッドに立てた右膝の側。 ――当然のように、切音さんが夢の中にいた。\ 不法闖入者が2人に増えていた。 なんというか、俺の部屋なのに俺の部屋じゃない気分だった。\ それはそうだろう――部屋の中の匂いからして違う。 女性が2人いるだけで、こんなにも違うものかと驚くしかない。\ フローラルとまでは言わないが。 石鹸のような、心地良い匂いが充満している。\ 【彼方】 「…………はぁ」\ 溜息を1つ捻り出して、2人を起こさない様にベッドから抜け出す。 横移動はできないので縦に移動。\ なるべく気配を絶って、隠密行動をする、動きは最小限。 ――眠りについたのが遅かったせいか、2人とも熟睡のようだ。\ 【彼方】 「……何をしてるんだろうな」\ 頭に軽い靄がかかった感じ。 多分、睡眠時間が足りていない。\ 1人ごちて、そのまま部屋から出る。 もちろんドアノブを回す手も慎重に、物音を極力に排除する。\ /暗転/ ……結局、3人で寝てしまった。 深夜1時くらいまで、終始あんな感じで、ワイガヤと騒いで。\ 最後のあたり、アルバムを持ち出してきた奈々に鉄拳制裁を加え―― それから、不貞寝をするようにベッドに横になって――\ ……いつのまにか寝てしまったのか。 あまりにも疲れていたのか、そこから記憶が飛んでる。\ 【彼方】 「……ダメだろ、俺」\ ダメダメすぎた、もう何の良い訳すら浮かばなかった。 こうなりゃ開き直ってみるか。\ はっはっは、どうだい、羨ましいか、童貞諸君。 こんな状況でも、俺はまだ童貞なんだぜ?\ ……考えて虚しくなってきた。 なんなの、この空虚なハーレム状態。\ 【彼方】 「……朝飯でも作るか」\ やばいなぁ、料理でストレスを発散させるようになっている。 案外、主夫とか調理師とか向いているのかもしれない。\ /ドア開ける/ 高校を卒業したら、調理師免許でも目指してみようかなぁ……。 そんな風に、曖昧な未来図を思い描きながら、6月の終わりの日。\ /青空/ 世界は平和だった。 ――朝食の献立は、そうめんにした。\ *story2day2morning2 7時15分。 まだ早い時間だが、俺は制服に身を包み登校していた。\ 2日連続で遅刻は勘弁して欲しい。 そんな良い訳を思いながら、本音は2人の相手をするのが面倒なだけだ。\ 作ったそうめんの3分の1を、チャチャっと平らげて。 残りをラップをかけて、冷蔵庫に入れてメモ書きを残し。\ 今頃、目覚ましに起こされた2人が、仲良く朝食を取っているだろう。 1人で学校に行こうとしてる俺を、恐らくボロクソに言いながら。\ ――今日も天気が良かった。\ 【彼方】 「良い天気だなぁ……学校サボって公園で昼寝とかしたいなぁ……。  路線電車に乗って、どこか旅に出かけたいなぁ……」\ 浮き世を儚み、旅行に出かける。 なんと素晴らしい響きだろうか、今すぐしよう、そうしよう。\ 現実逃避はいつでも僕たちの味方さ、心の栄養だ。 こんな世の中だからこそ、2次元に夢を見るのさ、平面バンザイ。\ ……そんなことを考えながら、トボトボと登校中。 学校をサボれる訳がない。\ 2ヶ月分の部活の皺寄せが、そろそろヤバイことになっている。 久上先輩につき合わされていたおかげで、出席日数の余裕が尽きかけだ。\ あんまり先生たちに目をつけられるのも、な。 ただでさえ、俺と奈々と康平は――\ 【彼方】 「はい、やめやめ、朝から陰鬱なことを考えるな」\ 独り言で、自分の思考を強制中断する。\ 最近、マイナス志向になっているぞ。 もっと楽しいことを考えようぜ?\ ほら、明々後日には愛しの忍ちゃんも含めて、幼馴染4人で遊びに行くんだ。 どこに行くとか、どうやって遊ぶとか、決めなきゃじゃないか。\ 気分を鎮めている場合じゃない。 予定をサクサク立てることにしよう。\ 【彼方】 「って、そういや、奈々に言うの忘れてたな。  あいつのことだから、忍ちゃんと遊べるなら来るだろうけど……」\ ――奈々は、文字通り、忍ちゃんを猫可愛がりする。 そりゃもう、これ以上ないくらいの可愛がり方をする。\ 可愛いものに目がないあいつは、スキンシップも絡めて可愛がろうとする。 ――長い春休みの時なんか、何度も忍ちゃんの所に泊まりに行ってたっけ。\ 康平よりも、よっぼど姉妹らしい仲の良さだ。 ……いや、別に康平と忍ちゃんの仲が悪いというわけではないが。\ 【彼方】 「康平の奴は、スキンシップを極端に嫌がるからな……。  なんか変なトラウマでもあんのかね、あいつ」\ ――そういえば。 昨日の電話は、結局のところ何だったのだろうか。\ 康平は何度も言う通り、携帯を持っていない。 ――かといって、俺の携帯番号を知らないというわけではない。\ 番号を教えた記憶もある。 あいつの家からの着信履歴も何件かある。\ なのに、わざわざ家の電話にかけるのは、不自然だ。 ……あいつにしては、ちと様子が変だったしな。\ 【彼方】 「……あ〜〜、あいつ、3日はダメっぽいんだっけ……。  どうするかな……」\ /上を見上げる/ ただでさえ部活に忙しい康平のためにも。 部活動が禁止になる今度の週末は、絶好の機会だと思ったのだが。\ あいつが試験勉強をするとも思えないし。 一夜漬けしたところで、あいつのオツムはどうにかなるものでもないし。\ こうなると、テストが終わった後に延期するしかないのかね? 急遽に出来た予定だから、仕方ないとはいえ……。\ いやまて、中等部は、高等部の1週間後に試験だったな。 ――我が母校も恐らく同じ日程だ、うん、間違いない。\ 忍ちゃんのことを考えて、そこも駄目と――夏休みに突入しちまうな。 そうすると、今度は康平の剣道の大会が近い。\ 【彼方】 「う〜〜む」\ 案外に難しいな……大学サークルの幹事さんとか尊敬するぞ。 あっちを立てれば、こちらが立たず、堂々巡りの盥回しで埒が明かない。\ こうなったら3日は、康平の首根っこを掴んで無理矢理に――\ /忍登場/ 【忍】 「あ、あの……お兄様?  上を見ながら歩くのは危ない、ですよ……?」\ 【彼方】 「ぅ、うわ! 忍ちゃん!?」\ 【忍】 「は、はい……忍、です……」\ 噂をすれば影がさす。 いつの間にか俺の横に並んで、忍ちゃんが歩いていた。\ ……う〜〜ん、考え事をしていると、どうしても周りが見えなくなるな。 いかんいかん、しっかりしろ、俺。\ 【忍】 「お、おはようございます……きょ、今日も、良い天気ですね」\ 【彼方】 「あ、ああ、おはよう」\ 制服に身を包んだ忍ちゃん。 うん、やはり明るい場所で見る制服姿は、懐かしいな。\ 【忍】 「め、珍しいですね……」\ 【彼方】 「へ? 何が?」\ 【忍】 「えと……奈々ちゃんが、いつも遅刻ギリギリって言ってたから……。  それに奈々ちゃんもいないし……」\ 【彼方】 「あ〜〜、たまには、ね。  って、忍ちゃんも随分早い登校じゃないか、日直か何か?」\ 【忍】 「その……えと……図書委員で、ちょっと用事があって……」\ 【彼方】 「ああ、そういえば今年も図書委員なんだ。  1年の頃から委員やってるから、3年連続だっけ?」\ 【忍】 「は、はい……最後だから委員長になりました」\ 【彼方】 「へぇ、凄いな」\ 【忍】 「そ、そんなことないです……。  ……3年間ずっとやってたの、自分しか居なかったので」\ 忍ちゃんが照れたように俯く。\ 【忍】 「1年の時は……助けてくれたのは、お兄様たちだけで。  2年の時も、ほとんど自分だけだったので……」\ 【彼方】 「……ごめんね?」\ 【忍】 「や、やです、謝らないで下さい!  そ、それに……あのおかげで、友達も沢山できましたから……」\ ――図書館騒動、秋の陣か。 何もかもが懐かしいな。\ 【忍】 「今年は、1年生で凄く本が好きな子が入ってくれて。  多分、もう……大丈夫です」\ 【彼方】 「そりゃ、良かった。  また教頭のやつらに殴りこみかけるのは勘弁だからなぁ」\ 【忍】 「だ、だめですよ?  嬉しかったですけど、これ以上してもらうのは、その……」\ 【彼方】 「わかってるって、流石にもう卒業しちゃったしね」\ 在校生とOBでは、立場が違いすぎる。 またあんな無茶なことをしたら、警察のお世話になりかねない。\ あの時は、久上先輩の助力もあったからこその作戦であって。 普通に考えたら、立てこもり&恐喝だ。\ 【彼方】 「――そういえばさ、その時に協力して貰った人なんだけど。  何の因果か、俺たちの部活の先輩になってるって聞いた?」\ 【忍】 「あ、奈々ちゃんから聞きました……。  久上さん、という方ですよね?」\ 【彼方】 「そそ、まさか同じ学園にいるとは思わなかった。  あの人、学校には行ってないって言ってたし」\ ……今でも、真面目に授業を受けているとは言いがたいが。\ 【忍】 「いつか……ご挨拶、したいです。  お礼もしたいですし……」\ 【彼方】 「そうだな、うん、そのうち紹介するよ。  ああ、大丈夫、ちょっと困った性格の人だけど、根は良い人だから」\ 【忍】 「は、はぁ……」\ 忍ちゃんに、変なちょっかいをかけるような人でもないからな。 そういった意味では、相当に安心して良い。\ 他人から見ると、有り余る行動力ばかりが目立つけれど。 俺より知識の塊みたいな人だから、多分、忍ちゃんとも話が合うだろう。\ ――いや、行動力があるからこそ、知識が溜まっていくのか。 ホントあの変人は、いつ寝てるんだか……。\ 【忍】 「あの、お兄様……」\ 【彼方】 「ん? どうかした?」\ 【忍】 「……松郷学園の入学試験って難しいですか?」\ 【彼方】 「え? ウチを受けるの?」\ ちょっとビックリ。 【忍】 「3年生ですし、そろそろ進路も考えなきゃって……思って。  忍の偏差値じゃ、難しいのかなって……」\ 【彼方】 「ちなみに、忍ちゃん、いくつ?」\ 【忍】 「……58です……」\ 背伸びをして60と答えない辺り、好感が持てる。 正直な子は好きだ。\ ――学園の入試レベルを思い出す。 えっと、そうだな、それで58っていうと、うん。\ 可もなく不可もなくといったところ。 少し勉強すれば充分に射程範囲内だ。\ 【忍】 「あの、無理でしょうか……?」 【彼方】 「いやいや、今から勉強しておけば、全然問題ないと思うよ。  ほら、あの奈々でさえ受かったくらいだし」\ 我ながら酷い発言だと思うが、事実なので仕様が無い。 あいつが受かったのは、ほとんど奇跡みたいなものだ。\ 【忍】 「奈々ちゃんは……お兄様が1年間、勉強を教えていたから……。  あ、馬鹿にしてるわけじゃなくて、忍にはそういう人、いないから……」\ 【彼方】 「あ〜〜、康平に頼もうったって、あいつの成績じゃなぁ。  そもそもあいつは、スポーツ推薦だったし……」\ 【忍】 「塾は……お金がかかっちゃうし……」\ 【彼方】 「なる、ほど、ね」\ うん、忍ちゃんを半年以上も塾に通わすには、康平の貯金じゃ無理だ。 かといって、そこまで祖父母には迷惑掛けられない、と。\ 【彼方】 「ん〜〜」\ 歩きながら、少し頭を回転させる。 ……うん、大丈夫かな。\ 【彼方】 「――どうしてウチなのか、聞いて良い?」\ 【忍】 「え? ……ぁ、その……近くて、通学に便利そうだなぁって……。  平ちゃんも奈々ちゃんも、お兄様もいるし――」\ そこで、忍ちゃんが言葉をくぎる。 ……予想通りの言葉、第3者が聞いたら、不純と罵られそうな動機。\ 【忍】 「図書館が、あるから……」\ 【彼方】 「……………………………」\ 予想外の、言葉が続いた。\ 【忍】 「松郷にある大きな図書館……あそこは学園が所有してるって……。  司書さんも、ほとんど学園の卒業生って聞いて……」\ 予想外の――予想した以上の、将来を考えた答えが、出てきた。 ……やばい、すげぇ自己嫌悪。\ 【彼方】 「……よく、知ってるね。  所有というか、松郷学園に出資した人が館長やってるんだけど」\ 【忍】 「そ、そうなんですか……」\ 【彼方】 「司書さんに、なりたいんだ?」\ 【忍】 「な、なるのは難しい職業って良く聞きますけど……。  将来、なれたら、いいなぁって……」\ はにかむ様に、照れた表情で、忍ちゃんが笑う。\ 【忍】 「公立も悪くないです……特待生枠がある所もありますし。  でも、そういうことを考えたら、学園の方がいいかな、って思って……」\ 【彼方】 「うん、良くわかった、ありがとう。  じゃあ、週1で俺が教えに行くね、木曜と金曜のどっちがいい?」\ 【忍】 「あ、はい……………………、……………………え?」\ 【彼方】 「勿論、火曜日でも水曜日でもいいし――不定期でもいいんだけど。  なるべくなら、1週間のこの曜日って決めた方が効率が良いよ」\ 【忍】 「……ぇと? お、お兄様?」\ 【彼方】 「ああ、俺の家のほうが良いかな? 奈々も一緒に勉強させるとして。  忍ちゃんの家と週代わりにするか――うん、康平も参加だな」\ 【忍】 「あ、あの! お、お兄様、何のお話をされているんですか……?」\ 【彼方】 「何の話も何も、俺が忍ちゃんの家庭教師になるって話。  効果の程は奈々で実証済みだから、安心していいよ?」\ 【忍】 「え、えと、ちょっと待ってください、どうして……」\ /BGM変更/ どうしてもこうしてもない。 俺がとてつもなく汚い大人ってヤツだからだ。\ 【彼方】 「――実はさっき、忍ちゃんに凄く失礼なことを考えた。  俺たちがいるからって理由だけで、忍ちゃんは来たいのかと思った」\ 【忍】 「……ぇ、は、はい」\ はっきり言って侮辱に近いことを、俺は考えてしまった。 康平の甘やかしよりも、よっぼどタチが悪い。\ こうとしか考えてない子供と、決め付けた。 ――そんなの子供扱いどころか、対等な人間扱いしていないのと同じだ。\ っざけんな、俺は何様のつもりだ。 彼女は色々なことを考えていたのに。\ 【忍】 「で、でも、それも理由の1つですし……」\ 【彼方】 「いや、それだけでウチに来なくても、なんつー説教まで考えた。  美知代さんがいたら、殴られてもしょうがないくらいだ、それは」\ だから、これは罪滅ぼしと、将来の不安の先回り。\ 【彼方】 「ああ、大丈夫だよ、忍ちゃんが許そうが許すまいが関係ないから。  もうこれは男としての意地だから、拒否権はありません」\ 【忍】 「そ、そんな、お兄様の手を煩わせるわけには……」\ 【彼方】 「タダで勉強教えてもらえてラッキー、くらいに考えれば良いよ。  学園、確実に入りたいんでしょ?」\ 【忍】 「それは……そう、ですけど……だからといって……」\ 【彼方】 「それとも、俺に勉強を教えてもらうのは、イヤ?」\ はい、これでチェックメイト。 俺の負けで、この勝負は終了。\ 【忍】 「そ、……そんなこと、あるわけないです!」\ 【彼方】 「じゃあ、決定ね」\ 【忍】 「……ぁ……」\ こういう搦め手は俺自身が嫌いだが、こうでもしないとな。 ちょっと四の五の言ってられない緊急事態だ。\ 【忍】 「……ぅぅ……ずるいです」\ 【彼方】 「じゃあ、とりあえず1度ウチで勉強してみようか。  そうだな、苦手な教科とかある?」\ 【忍】 「……え……はい、そうですね、理系教科がちょっと……。  でも、本当に……良いんですか……?」\ 【彼方】 「ん、別に構わないって、親もいないし」\ 【忍】 「……………………………………………………へ?」\ 【彼方】 「ああ、勉強が終わったらついでに夕食でもどうかな?  ――って、あれ? 忍ちゃん?」\ さっきまで、隣に付添っていてくれた忍ちゃんが、立ち止まり呆けていた。\ 【彼方】 「? どうかした?」\ 【忍】 「……っ……あ、あぁあ、の……そ、それは……。  そ、うい、う、おおお……お、誘い、ですか?」\ 【彼方】 「……はい?」\ 限界ギリギリくらいに赤面している忍ちゃん。 人の顔ってこんなに赤くなれるんですね。\ 【忍】 「そ、そそそそれは! そ、の! あの!  〜〜〜〜っ、いないって、そ、その、ぇと、そういう、こと、ですか!?」\ 【彼方】 「そういうこと、が何を意味しているのか、わかんないけど……」\ 【忍】 「だ、から……、今、おば様たちが、いないって……。  それって……その……そういう、おおお、お勉強……なんですか……?」\ ……あれぇ? なんだかデジャブだなぁ。\ 【忍】 「や、ややっぱり、し、忍は、お風呂とか、入っていた方が良いですか!?  ナんの準備、して、いいいい、行けば良いですか!?」\ 【彼方】 「……あ〜〜、そういえば、説明してなかった気がするなぁ……」\ 昨日の忍ちゃんとの会話を思い出す。 ――両親がいなくて、代わりに切音さんがいるとか、説明してない。\ ついでに奈々も加わって、とかも。 つまり、忍ちゃんは俺の家で2人きりで勉強と思っているわけで。\ 【忍】 「お、泊まりセットとか、持っていった方が、良い、ですか!?  それれれと、それとも、エプロンとか!」\ 【彼方】 「ちょっとまて! どうして、そこでエプロン!?  いきなり具体的な物の名前が出てきて、嫌な予感しかしない!?」\ 【忍】 「へ、平ちゃんが、言ってた、から……。  お兄様は、……は……はだ、……か、エプロンが好きって……」\ 【彼方】 「あんのやろう! 俺をどれだけ変態にすれば気が済むんだ!?」\ 【忍】 「お、お嫌いなんですか!?」\ 【彼方】 「真剣に驚くんじゃねぇよ!」\ 【忍】 「ご、ごめんなさい……」\ 嫌いじゃないけど、うん、嫌いじゃないよ? だって男の子だもん。\ 【彼方】 「あのね、忍ちゃん、良い機会だから言っておくけどさ。  康平の俺に対する評価は、ほとんど嘘八百だから信用しないようにね」\ 【忍】 「わ……かりました」\ 【彼方】 「大丈夫、両親の代わりに、今は奈々もウチにいるし。  部活の先輩も家に泊まってる状態でさ、だからその辺は安心してよ」\ 【忍】 「……そ、そうですか。  でも、……おば様たちは、どうかされたんですか……?」\ 【彼方】 「ああ、えっとだな……」\ さて、どう言っていいものやら。 本当のことを教えると、余計な心配をされそうだ。\ ――頭の中で、真っ赤なプラモデルを組み立てる。 よし、矛盾はないはず。\ 【彼方】 「――親父が、突然だけど長期出張ってことになったんだ。  母さんも1週間くらい付き添いで、そっちに行ってるわけ」\ 【忍】 「た……大変ですね、おじ様も……。  いつもお仕事が大変そうでしたのに……」\ 【彼方】 「行き先も海外で、さすがに母さんも心配だって。  ほら、ああ見えて語学が堪能な人だから」\ /暗転/ これは本当。 母さんの特技は、料理と語学である。\ 英語圏は勿論のこと。 ヨーロッパ圏をほとんど、アジア圏もそこそこ網羅している。\ ――というのも、料理好きが講じてなのだが。 親父と結婚していなかったら、料理留学も考えていたらしい。\ ホントに、俺の周りに居る女性陣はキャパシティが大きすぎる。 息子である方は、その矮小さに身を縮めることしかできん。\ /暗転終了/ 【彼方】 「そういうわけだから、大したもてなしも出来ないけどさ。  気軽に遊びに――じゃなかった、勉強を教えて貰いに来なさい」\ 【忍】 「……は、い……わかりました……」\ 納得したように、忍ちゃんが素直に頷いてくれる。 にわか作りのプラモにしては良い出来だったと思う。\ 【忍】 「――あの、それで、その……泊まっている部活の先輩というのは……。  も、もしかして、久上さんという方ですか?」\ 【彼方】 「…………え?」\ 【忍】 「奈々ちゃんが……部活は4人でやってるって、言ってたので……。  お兄様方と、先輩が2人――久上さんと、女の先輩って……」\ 【彼方】 「あ、ああ、うん、まぁね」\ 嫌な汗が背中を伝い落ちる。 やばい、これは非常にマズイ話の展開だ。\ 【忍】 「そうですね……丁度良いから、ご挨拶したいです……。  お礼もしなきゃですし……えっと、お兄様? ど、どうかされました?」\ 【彼方】 「いや、な、何でもないんだけど、そ、そうだな。  なんつーか、その、だね、忍クン?」\ 【忍】 「……お兄様?」\ こちらの空を見上げ、あちらの道を見やり、視線を漂わせる。 自分のことながら、ものすごい挙動不審だった。\ 【彼方】 「あの、……久上先輩じゃ、ない、から……」\ まるで、警察に自白を強要されるような気分。 自分の罪を赤裸々に、裁判官へと告白するような疑似体験。\ ……そりゃ、俺の声も徐々に小さくなるってもんです。\ 【忍】 「……え? あ、の、すいません、よく聞こえなかったのですけど……。  もう1度、仰って下さいませんか……?」\ 【彼方】 「いや、だから、ね。  とても言いにくいことなんだけど――」\ 覚悟を決めよう、これは秘密にできることじゃない。 忍ちゃんが家に来れば、即座にバレることなんだ。\ よし、言うぞ……言ってやるぞ! 俺は、ヘタレ人間をやめるぞ、ジョジョーーーー!\ 【彼方】 「泊まっているの――久上先輩じゃ、ない方、です。  ごめんなさい、許してくださいっす」\ 思わず敬語口調になってしまいました。 ついでに謝ってしまいました。\ 年下の中学生に、頭を下げる高校生の出来上がりだった。 めちゃくちゃカッコ悪い人間だった。\ 【忍】 「…………………………………………………………………。  ……………………………………………………………ぇ?」\ たっぷり10秒以上静止した後に、忍ちゃんが驚きの声を漏らす。 【忍】 「……ぁ、も、もしかして、他に部員の方が増えたんですか……?」\ うわぁ、凄い信頼を置かれてるよ、俺。 嬉しいけど、今はちょっと辛いです。\ 【彼方】 「……いえ、部員は総勢で4名で、増える予定も兆候も特に見られません。  幽霊部員すら居ない弱小の文科系部です、すいません」\ 【忍】 「じゃ、じゃあ……っと……泊まっている方というのは……。  ……ひっく……女の……方……なんです、か……?」\ 【彼方】 「そ、その通りです」\ 【忍】 「お、お兄様、不潔です!」\ 泣きながら激昂された。 めちゃくちゃ可愛かった。\ 【彼方】 「き、聞いてくれ、忍ちゃん! これには理由があってだな――」\ 【忍】 「理由があろうとなかろうと、関係ありません!  それとも、理由があれば、女性を家に泊めて良いと思っているんですか!?」\ 正論だった。 反論の余地なんて1オングストロームもなかった。\ 【彼方】 「いえ……仰るとおりです……面目ない……」\ 頭を下げる俺に、俯きながら忍ちゃんが言葉を続ける。 どっちが責められているんだか、わかりゃしない。\ 【忍】 「どうして、そういうことをなさるんですか……!?  奈々ちゃんが、可哀想、です……」\ 【彼方】 「いや、奈々も泊まって――ぁ」\ 【忍】 「……ぇ……奈々ちゃんもウチにいるって、そういう、意味なんですか?」\ 大失言だった。 『ウチにいる』と『泊まっている』では意味合いがまるで違う。\ 【忍】 「………………」\ 【彼方】 「………………」\ 沈黙の帳が、登校路に満ちる。 い、良い訳を考えろ、御園彼方! 何のための大脳新皮質だ。\ 【彼方】 「……えっと、その、だな……」\ 【忍】 「………………」\ ――足元を見るように俯く忍ちゃんに。 これ以上、何の嘘を重ねれば良いのか、分からない俺は。 【彼方】 「と、とりあえず、遅刻しないように、歩こうか……?」\ 【忍】 「………………」\ /暗転/ ひとまず問題を先送りにしてしまう、ヘタレだった。 自分が自分でイヤになる。\ 素直についてくる忍ちゃん。 会話は一言も無い。\ ……気まずい、超キマズイ。 胃が痛くなりそうな重い空気、精神的な重圧がのしかかる。\ この苦行をなんとか絶ち切らなければならないと思う反面。 ――絶ち切らなくても良いんじゃないか、という弱い心が鎌首をもたげる。\ なぜなら。 学園への道は、歩いていけるくらいに近いのだから。\ /学園前/ 【忍】 「………………」\ 【彼方】 「………………」\ 相変わらず口を閉ざしたまま、2人で校門前に立ち止まる。 あまりにも早い時間のため、他の学園生の姿はない。\ 【彼方】 「……その……じゃあ……」\ ――じゃあ、何だよ? 御園彼方、お前はこのまま別れるつもりか?\ お笑い種だな、そんなことで康平をシスコン呼ばわりか。 それで人のことをどうこう言える立場かよ。\ 【忍】 「……今日」\ 【彼方】 「え?」\ 自己嫌悪にさいなやむ俺を先んじて、忍ちゃんが口火を切る。\ 【忍】 「今日……伺います」\ 【彼方】 「……え……あ、家庭、教師、ね……」\ 【忍】 「……絶対、行きますから。  何があっても行きますから」\ 【彼方】 「あ、うん……」\ 【忍】 「行きますから!」\ 叫びにも近い音量と気迫に思わずたじろぐ。 その一瞬で、忍ちゃんは背を向け走り出した。\ 話は終わったとばかりに、逃げ去っていく。 脱兎のごとき全力疾走だった。\ ……ちょっと、いや、凄くショック。 慕われていた子から拒絶されるのは、こんなにも破壊力があるんだ……。\ マジ死にたくなってくる。 こんなにブルーになるのは久しぶりだ。\ もっと傷つけない方法は、なかったのだろうかと。 忍ちゃんをもっと気遣った発言が出来なかったのかと。\ ……何を言っても良い訳にしかならない。 俺はそういう役回りなのだと、自分自身に言い聞かせる。\ ――その人を守る過程で、その人に嫌われようとも。 それが俺の選んだ道なのだから。\ /暗転/ 踵を返して、校門を1歩踏み出す。 向かう先は教室だ。\ /場面転換、下駄箱/ 外履きから内履きに。 8時前、人の姿は全くない。\ 普段なら、部活の朝練に精を出す人も居るのだが。 今は、テスト前の部活動禁止週間、堂々と校則破りをするヤツは居ない。\ ……それこそ、康平みたいな、バカ以外には。\ /場面転換、廊下/ そもそも。 こんな偶然がありえないのだ。\ 運が良かっただけでは済まされない。 そこには必然も関わっていると考えるのが妥当だろう。\ では、その必然というのは何か。 ――恐らく、それは俺との会話の所為なのだろう。\ つまりは、俺に責任の一端があるわけで。 問題を解決するためには、まず全容を把握することが肝要だ。\ ……念の為に、早く家を出てきて良かった。 そんなことを思いながら。 教室のドアをあける。\ /SE ガラガラ/ /場面転換、教室/ 【彼方】 「お前は、ホントに早いのな、朝練でもしてたのか?」\ 【康平】 「……いいや、習慣で起きてしまっただけだ。  そういう彼方こそ、随分早い登校だな?」\ 予想通りに、康平がいた。 朝練していないというのも、折込済み。\ 【彼方】 「まぁ、お前の予想通りだよ」\ 【康平】 「……そうか」\ 鞄を自分の机の上に置く。 康平は机の上に座るようにして、窓から空を見上げていた。\ 【康平】 「今日も天気が良いな、奈々ちゃんはどうしたんだ?  朝練がないと調子が出ないな、どうだ、校庭5周くらい付き合わないか?」\ 【彼方】 「……動揺すると、脈絡のない話題を矢継ぎ早にする癖を直せよ。  わかりやすくて良いけどさ」\ 【康平】 「………………」\ 幸運にも教室には俺たちしかいない。 始業のチャイムまで、あと50分もある。\ ――本題に入るには、充分すぎる時間だった。\ 【彼方】 「で、何があったんだ?」\ 【康平】 「……そういう質問の仕方は嫌いだな。  彼方も、大抵のことは予想できているのだろう?」\ 【彼方】 「まぁ、な――」\ 康平に習って、自分の机に腰掛ける。 行儀が悪いとも思うが、その辺りはカッコ付け高校生の病気ということで。\ /BGM変更/ 【彼方】 「――忍ちゃんが家を飛び出して、朝になっても帰ってこなかった。  大方、そんなところじゃないのか」\ 【康平】 「……本当に、鋭いのか鈍いのか分からないな、彼方は。  その鋭さや機転を女性関係にも流用してくれると助かるんだが」\ 【彼方】 「ほっとけよ、それに冗談を話してる事態でもないだろ」\ 【康平】 「そう……だな」\ 肩をすくめ茶化すように溜息をついた康平が、窓から視線を落とす。\ 【康平】 「――どうして、気づいた?  やはり、彼方の家に忍が泊まったという訳か?」\ 【彼方】 「それだったら話は簡単だけどな。  あいにくとウチには、切音さんと奈々しかいねぇよ」\ ……そう、そんな話だったら、こんな状態にはなっていない。\ 【彼方】 「確信したのは、ついさっきだ。  学園に来る前に、忍ちゃんに会った」\ 【康平】 「っ! 会ったのか!? 何か、言っていたか!?  ど、どこか怪我とかしていなかったか!?」\ 【彼方】 「落ち着けよ。  他愛もない世間話をしただけで、怪我をしてる様子も無かったから」\ 【康平】 「そ、そうか……それなら良いんだが……」\ 【彼方】 「それに、家出どうこうは忍ちゃんも隠したい様子だったしな。  お前に事情を聞いてからと思って、そこには触れてない」\ ――先手は、打たせてもらったが。\ 【康平】 「忍から聞いていないと言うなら、なぜ――」\ 【彼方】 「……こんな朝方に、忍ちゃんと会うこと自体がおかしいんだよ。  登校路の動線が、まるっきり違うだろ」\ /暗転/ 簡単すぎる推理だ。 長方形……いや、正方形を思い浮かべてくれれば良い。\ 右辺は、俺の家から学園への道。 左辺は、康平と忍ちゃんの家から中学校への道。\ 待ち合わせるか、何か事情があるか、そんなことがない限り。 ――その2つが交わることは、基本的にない。\ しかも、真面目な忍ちゃんのことだ。 図書委員の用事があると言うのなら、寄り道など普通はしない。\ /暗転終了/ 【彼方】 「お前と一緒に登校や下校したことなんて、数えるくらいしかない。  それこそ、奈々が誘って待ち合わせでもしない限り、な」\ 【康平】 「……それだけで、分かるはずがない」\ 【彼方】 「忍ちゃんは、意味もなく嘘をつく子じゃない。  お前から昨晩の電話がなかったら、寄り道かとも思ったけどな」\ 事象が意味で繋がれば、それは事件となる。\ 【彼方】 「つまり、あの電話は確認したんだろ?  俺の家に忍ちゃんがいないかどうか、俺が嘘をついていないかどうか」\ ――オレに何か言うことはないか―― そういう、カマかけだ。\ もし、忍ちゃんが俺の家に来ていたら、ビンゴ。 何もなかったとしても、変なことを言い出すヤツだと思われるだけ。\ 【彼方】 「だから、お前はオレの携帯じゃなくて、家の電話にかけてきた。  どうせ切音さんにも、忍ちゃんが家にいないか確認したんだろ?」\ 【康平】 「……何でも、お見通しか」\ 【彼方】 「更に言えば、切音さんに口止めもしただろ」\ 【康平】 「……本当に、どうして分かるのか不思議だな」\ 【彼方】 「あの人はそういう人なんだよ」\ 用件も聞かずに、誰かに取り次ぐようなヘマなどしない。 そんな環境に身を置いていないのだ。\ 勿論、俺の携帯に掛けない不自然さをスルーするような人でもない。 面倒くさがりながらも、首を突っ込みたがる人なのに。\ ――あの時、俺が携帯の方を見たのを見ぬ振りをして。 奈々を部屋に留める様に、じゃれあっていた。\ 【彼方】 「お前が口止めして、切音さんがそれに従うなら。  ――プライベートに関わること、多分、忍ちゃんのことだ」\ 【康平】 「……そこまで分かっているなら」\ そして、どうして忍ちゃんが家出したのか。 その理由は。\ 【彼方】 「まぁ、お前が3日のことを勘違いしたんだろ。  俺と忍ちゃんの2人っきりで出かける、とか思って口論か?」\ 【康平】 「……オレは、彼方のそういうところが、嫌いだ」\ /回想/ 7月3日だけど、お前は大丈夫か? ――大丈夫なわけがないだろう!\ 人が折角、遊びに誘ってやろうと思えばコレかよ……。 ――何の話を言ってるんだ?\ お前も剣道で忙しいんだろうけど、1日くらい忍ちゃんの為にだな……。 ――ちょ、ちょっと待ってくれ、彼方! 本気で何の話をしているんだ!?\ /回想終わり/ つまりは、そういうことだ。\ 俺は、4人で出かけることを、前提に話していて。 康平は、2人きりで出かけることを、前提に話していた。\ 同じ話題なのに。 前提条件が違う。\ 【康平】 「夕飯の時に忍が、彼方から出かけないかと誘われた、と言ってな……。  そこから一方的にオレがまくし立てた」\ 【彼方】 「……シスコンも度が過ぎるだろ」\ 呆れてものも言えない。 優しさも行き過ぎれば、過保護と過干渉の塊だ。\ 【康平】 「だって、しょうがないだろう……。  彼方と2人で遊びにいくなど、誰が許せるものか」\ 【彼方】 「お前なぁ……そもそも、奈々とお前も誘う予定だったんだ。  何をどう勘違いしたら、俺と忍ちゃんのデートになるんだ?」\ ――昨日の会話を思い出す。 そういえば、忍ちゃんもはじめデートと勘違いしてたっけ。\ こういうところが納得できる。 こいつらはやっぱり、血の繋がった家族だわ。\ 【康平】 「……すまない、それについてはオレが全面的に悪い。  恥ずかしながら、昨日の電話で気づいた」\ /回想/ 部活があるから行けそうもないとか、何故その日にしたとかの。 ――。 勝手に日取りを決めたのは悪かったよ、けどな、1日くらい。 ――すまん、彼方、電話を切る。急用ができてしまった。\ オイコラ、急に電話してきたと思ったらそれかよ。 ――今度ばかりは全面的に俺が悪いようだ。\ /回想終わり/ つまり、最後の謝罪は、そういうこと。 俺が康平の予定を気にしたことで、ようやく気づいたわけだ。\ 『4人で出かける』という前提が抜けていたことに。 こいつは、遅まきながら。\ 【彼方】 「……忍ちゃんもそろそろ高校生だぜ、お前もいい加減に妹離れしろよ。  心配するのは分かるけど、少しは距離を置いてもいいんじゃないか?」\ 【康平】 「……それでも」\ 【彼方】 「今年は忍ちゃんも受験なんだからさ、ちょっとはその辺も考えてやれ。  ウチの学園に来たいって言ってたぞ?」\ 【康平】 「……まだ子供じゃないか。  オレたちと一緒の所が良いんだろう?」\ 俺も、そう早とちりをしたんだけどな。 お前だけは、その誤解をしちゃいけないんだ。\ 【彼方】 「――ここだけの話だからな。  俺がお前に言ったなんて、絶対に言うなよ?」\ まだ、忍ちゃんに心底嫌われたくはない。 こっちは予定があるんだ。\ 【彼方】 「忍ちゃん、司書になりたいんだと。  あのデカイ図書館の司書になるためには、ウチが1番いいかもってな」\ 【康平】 「……彼方、嘘をつくな。  そんなこと、オレは1度も聞いたことが――」\ 【彼方】 「お前が――そんなんだからだろ」\ あえて辛辣な言葉を選んだ。 年齢と中傷の上手さが比例するなら、俺は時を止める能力が欲しい。\ 【康平】 「……」\ 本当に傷ついた表情を浮かべ俯く康平に、チクリと胸が痛んだ。\ けれど。 これは俺が言わなければならない言葉だから。\ 【彼方】 「とりあえず、今朝は元気な様子だったから安心しろ。  あと、ムリヤリ連れ戻そうとか考えるなよ? 話がこじれるからな」\ 【康平】 「……だが!」\ 【彼方】 「だが、じゃねぇーよ、ちょっとは頭を冷やせ、剣道バカ。  全面的に自分が悪いことくらい、理解しろ」\ 【康平】 「そうは言っても、何かが起きてからでは遅いんだぞ、彼方!  昨日、帰ってこなかったんだ! どこに泊まったのかも……」\ 【彼方】 「分からないってか――だろうな。  お前の性格じゃ、場所を知ったら飛んでいきそうだ」\ 【康平】 「……忍から電話だけはあった。  友達の家に泊まる、と」\ 【彼方】 「その様子なら、思いつく限りの所に夜通しで電話をかけたっぽいな。  目の下の隈くらい、隠せよ?」\ 多分、寝ないで必死に忍ちゃんを探していたんだろう。 体力バカのくせに、声とテンションに疲れが見え見えだ。\ 【康平】 「おちゃらけている場合じゃないだろう、彼方!」\ 【彼方】 「先手は打ってあるさ、そんなに焦るなよ」\ /回想/ 何の話も何も、俺が忍ちゃんの家庭教師になるって話。 ――え、えと、ちょっと待ってください、どうして。\ /回想/ ……どうしてもこうしてもない。 俺がとてつもなく汚い大人ってヤツだからだ。\ 何のために、俺が家庭教師をやると言い出したと思っている。 傷つけたお詫びだけで、そこまで踏み込んだ提案ができるかよ。\ 【彼方】 「流石に俺も、初日が今日になるとは思わなかったけどな。  週1で忍ちゃんのカテキョをやることにした」\ 【康平】 「なっ……!?」\ 絶句した康平が、俺の胸倉を掴む。 予測された動きだったけれど、わざと避けなかった。\ 【康平】 「カテキョって、おまえ、家庭教師か!? 今日だと!?  オレに許可も取らず、何を勝手に!」\ 【彼方】 「いいから、おとなしく俺の話を聞けよ。  今日、忍ちゃんに俺の家に来るように取り付けてある」\ 正確には、忍ちゃんが今日来ると言ったのだが。 こういう話は、悪役に徹するに限る。\ 【康平】 「か、彼方!」\ 【彼方】 「奈々と切音にも協力してもらって、俺の家に泊まらせる。  それこそ――泣き落としでも脅迫でも、どんな手段を使ってでも、な」\ 【康平】 「ふざけるな!」\ 【彼方】 「ふざけてなんていない、大真面目だよ。  お前が何を言おうが関係ない、異論はないよな?」\ 胸倉を掴まれた手を振り払う。\ 【康平】 「大有りだ! お前のハーレム計画に忍も入れるつもりか!  そんなことを易々と了承できると思っているのか!?」\ 【彼方】 「思わないさ、けど勘違いしていないか?  これは了承じゃなく、単なる確認事項だ」\ 【康平】 「彼方!」\ なおも喰らいつこうとする康平に。 やはり、俺たちは似たもの同士なのだと、改めて思ってしまう。\ 残された者の為に心を砕き。 骨を粉にして盾になろうとしてしまう。\ ――それが、どれだけ無駄なことだったと知っているのが。 俺のアドバンテージなだけだ。\ 【彼方】 「なら、お前はどうするつもりだ。  どこに泊まるかわからない状況より、俺の家に泊まらせた方が安全だろ」\ 【康平】 「それとこれとは話が別だ! 論点をすりかえているぞ!」\ 【彼方】 「切音さんと奈々もいる、間違いなんて起こりようがない」\ 【康平】 「嘘をつくな! どうせお前のことだ!  切音嬢にも奈々ちゃんにも、昨日の内に手を出した筈だ!」\ 【彼方】 「出してねぇよ、少しは俺を信用しろって」\ 真面目な顔で断言してやった。 嘘に色がついているとしたら、今の嘘はドス黒い赤色だろうな。\ けれど、それを確認する術は、康平にない。 都合の良いように言うだけさ。\ 【康平】 「……いや、ダメだ、ダメなんだ!  そうじゃない、そんなことは許さない!」\ ――俺と忍ちゃんを近づけようとさせない、頑なな康平に腹が立つ。 それは過保護でも何でもない。\ 単なる子供の我侭だ。\ 【彼方】 「――忍ちゃんは、お前の玩具じゃないだろ」\ 【康平】 「……なんだと?」\ 【彼方】 「何度でも言ってやる。  忍ちゃんは、お前のオモチャじゃないだろ」\ お前の感情で妹を振り回しやがって。 手段と目的を穿き違えてるんじゃねぇよ。\ 【彼方】 「それで、飽きたらポイか?  ふざけてるのはお前の方じゃないのか?」\ ブチリと、音が聞こえた。\ 【康平】 「彼方ぁ!」\ /SE/ /暗転/ 派手な音と共に、天地が引っ繰り返る。 ――康平に胸倉を掴まれて、引きずり倒された。\ 【康平】 「言って、良いことと、悪いことが、あるぞ!」\ 【彼方】 「……っ……」\ 天井、背中に床の感触、膝に当たる机の足、マウントポジション。 ギリギリと、服で首を絞められる感触。\ この馬鹿、これは剣道じゃなくて、柔術系の技だろうが……! なにをトチ狂ってやがる。\ 【彼方】 「……て……めっ、はな……せよ!」\ 【康平】 「今の言葉を取り消せ! いくら彼方でも今の言葉は許せない!  オモチャだと!? ふざけるな!」\ 【彼方】 「ふざけてんのは、てめぇだろ!  1ミリグラムの脳みそ使って考えろ、鳥頭が!」\ 【康平】 「彼方ぁ!」\ 本当に、ふざけるのも大概にしろよ。 馬鹿だ馬鹿だと感じてはいたが、ここまでの馬鹿だとは思わなかった。\ /BGM変更/ 【彼方】 「いいぜ、忍ちゃんを放っておいてやろうか!?  それで事故にでも遭って死ぬってのがオチか!?」\ 【康平】 「――っ!?」\ 【彼方】 「笑えない筋書きだな、康平!  妹まで事故で死ぬってか、えらく分かりやすい悲劇だな!?」\ 【康平】 「な……にを!」\ 【彼方】 「それとも俺の古傷をえぐって、他殺か自殺か!? 笑わせんな!  奇を衒って集団レイプあたりか!? っざけんなよ!」\ この世界なら。 何が起こっても不思議じゃない。\ 奇跡なんてもんが存在する世界なら。 その逆だって、いくらでも存在しうる。\ 【彼方】 「ほとぼりが冷めるまで、忍ちゃんを保護してやるっつってんだ!  ああ、いいぜ、気の済むまで軽蔑しろよ! 望むところだ!」\ 誰も彼も、俺のことを好意的に見やがって。 そんな甘ったるい状況は、いい加減コリゴリなんだよ。\ 【康平】 「か、なた……」\ 隙を突いて、緩まった康平の手をムリヤリほどく。 力まかせに引っぺがして、膝を康平との身体の隙間に入れ込む。\ 【康平】 「っ! くっ!?」\ 体格や体重は俺の方が上だ。 1度でも力のバランスが崩れれば、有利なのは俺に決まっている。\ 差し込んだ膝で、力任せに康平を浮かせる。 康平が慌てて押さえつけようとするが、対応が遅い。\ 【彼方】 「ふっ!」\ そのまま身体を捻るようにして、康平の身体の下から逃れる。 ――立ち上がり、制服についた埃を払う。\ /暗転終了/ ったく、んな汚いところでプロレスごっこかよ。 餓鬼じゃあるまいし。\ 【彼方】 「じゃあ、一応、話だけはしたからな。  邪魔だけはするなよ?」\ 言葉の釘を刺し、教室のドアへと歩き出す。\ 【康平】 「どこに行く、彼方! 話は終わっていないぞ!」\ なおも追い縋ろうとする康平の先を制す。\ 【彼方】 「時計を見ろよ、そろそろ誰か来る頃だ。  それでも話を続けるつもりか? 大事になるのはお前も避けたいだろ?」\ 【康平】 「っく……!」\ 時刻は、そろそろ始業まで20分。 未だに誰も教室にいないことが、偶然すぎる。\ 【彼方】 「話は終わったからな、授業はサボリだ。  ――っと、成績が悪いお前は、キチンと授業受けろよ?」\ 【康平】 「か、彼方も出席日数を気にしていただろう!?  逃げるとは卑怯だぞ!」\ 【彼方】 「ヤバイのは数学だけだから大丈夫だ。  ――ああ、英語だけは代返しといてくれ」\ 【康平】 「彼方!」\ 康平の叫びを背中に聞きながら、ドアを開ける。 振り返るつもりもない、そのまま教室を出る。\ /SE ガラ・ピシャ/ /場面転換 廊下/ 【彼方】 「……ふぅ」\ 溜息を1つつく。 ――ああ、滅茶苦茶、疲れた。\ 小さい頃からの腐れ縁。 取っ組み合いの喧嘩をしたのは、初めてではないが。\ ――流石に、この歳になってするとは思わなかったな。 あいつのシスコン指数を甘く見ていたようだ。\ 【彼方】 「重度にも程があるだろうが、ったく……。  冗談は名前だけにしろっての……」\ それすらも、俺の勘違いから始まったわけだが。 ……まぁいい、とりあえずは、この話にはケリがついた。\ 問題は、だ。\ 他の生徒たちとすれ違いながら廊下を進む。 右折したところで、そこにいた3人に礼を言いながら。\ /暗転/ 【彼方】 「ありがとな、かしまし3人娘」\ /青空/ サボリというなら、お約束の場所。 ――とりあえず、部室にでも、行ってみるか。\ *story2day2morning3 /ガラ/ /部室/ 【久上】 「おお、よくぞ、訪れた! この迫害された世界のサンクチュアリへ!  彼方特派員! 私は感動した! 感動したぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」\ 部室の扉を開くと、そこは異世界だった。 白衣を着て、テンションゲージがMAXな先輩が待ち構えていた。\ 【久上】 「この瞬間をもたらしてくれた神へと感謝しよう!  しかし、我らは神を打ち砕かねばならないのだ! 運命という名の神を!」\ 【彼方】 「……のっけからテンション高いな〜〜」\ 【久上】 「さぁ共に手を取り、未知なる世界を踏破しようではないか!  彼方特派員! 我らの行動を阻害するものなど、何するものぞ!」\ /ガラピシャン/ /暗転/ とりあえず、扉を閉めた。 うん、部室はダメだ、違うところを探そう。\ /ガラ/ 【久上】 「待たんか、彼方特派員! 扉を開けて10秒で踵を返すとは何事だ!  ぬか喜びさせるだけさせて、それは酷いのではないか!?」\ 【彼方】 「……いや、待ちたくないんですけど」\ 【久上】 「わかっているぞ、自分の研究を手伝いにきたのだろう!?  な〜〜に、実地検分や雑用ならば、人手の不足が有り余っている!」\ 【彼方】 「わかってないじゃないですか。  あと、不足が余るって、日本語の使い方がおかしいですよ」\ 【久上】 「安心すると良い! ようやく切音参謀から許可がおりたのでな!  今日からは、正式に彼方特派員も推理研の一員だ!」\ ああ、めんどくせ。 いつもよりテンションが高すぎて、言葉の意味が不明すぎる。\ 【彼方】 「正式にって、2ヶ月前に入部届け書いたでしょうが。  美知代さんも目の前で受理したでしょう?」\ 【久上】 「何を言っている! そういうことではない!  我らの推理研の究極命題を忘れたのか!?」\ 【彼方】 「究極命題って――アレですか?  秘密と真実を、白日の下にさらけ出すとかいうヤツですか?」\ ことあるごとに繰り返す、久上先輩の口上。 2ヶ月間、反復で聞いていたら、そりゃ覚えるってもんだ。\ 【久上】 「ん……?」\ 今までオーバーリアクションかましていた先輩の動きが止まる。 何かに気づいたように、腕を組んで考え込んでいるようだ。\ 【久上】 「……切音から、聞いていないのか?」\ 【彼方】 「切音さんから? 何をですか?」\ 【久上】 「ふむ……その様子だと、本当に話していないようだな。  どういうつもりだ、切音参謀よ……」\ 肩を落とし落胆したように、久上先輩が溜息をつく。 どうでもいいですけど、いつのまにか切音さんの肩書きが参謀になってるな。\ 【久上】 「部活動禁止週間にも関わらず、授業をエスケープし部室に来る。  てっきり、話を聞いたものだと解釈したのだが……」\ 【彼方】 「俺だって、サボタージュしたい日もありますって」\ ――特にそれが、幼馴染と喧嘩をした日なら尚更だ。 意味の無い授業を聞くより、部室で呆けていた方がまだマシ。\ 【彼方】 「そもそも中間の時も、禁止週間なんて関係なかったじゃないですか」\ 何か絵を書いているとか、そういったことならまだしも。 端から見たら、部活動をやっているのかどうかなど分かりにくい。\ そのへんを厳しく注意する教師もいない。 しかも、それが久上先輩を擁する部活動、誰が咎められようか。\ 【久上】 「ふむ――確かに、これは自分の落ち度と言えよう。  なるほど、切音は話していないのか」\ 【彼方】 「……またオカルト関係を調べるとかいう話ですか。  UFOですか、心霊写真ですか、それとも違う何かですか?」\ 【久上】 「………………」\ 【彼方】 「……その宇宙人を見たような驚いた顔はどうしたんですか。  俺、変なこと言いました?」\ 【久上】 「……くくく、ふはは、はーーーーはっはっは!」\ いきなり気持ち悪い笑い方で、久上先輩が声をあげる。 マジきもいなぁ。\ 【久上】 「これは驚いたぞ、彼方特派員! 部活内容を自ら問うとは!  まさか、ここまで部活に積極的になるとは、素晴らしい兆候だ!」\ 【彼方】 「……いや、積極的というより、消極的な諦観ですけど。  どうせ巻き込まれるなら、さっさと巻き込まれた方が楽ですし」\ 【久上】 「隠さなくとも良いぞ! 恥ずかしがることは無い!  その口上とは裏腹に、燃え滾る好奇心が自分には感じられる!」\ 【彼方】 「なんとも自分に都合の良いシックスセンスだなぁ……」\ 【久上】 「都合の悪い第六感など、こちらからお断りだな!  いいぞ、彼方特派員、それでこそ自分が見込んだ男だ!」\ 【彼方】 「評価されるって虚しい事なんだなぁ……」\ 【久上】 「切音が話さなかったことも僥倖だな! さすが我が参謀!  まさか説明するという愉しみを、自分のために残しておくとは!」\ 【彼方】 「自己中心的って、生きるのに楽そうだなぁ……」\ ……テンションが天井知らずにドンドン高まっていく先輩。\ とりあえず――うん、逃げようかな。\ 【彼方】 「えっと、それでは授業が始まるので、俺はこの辺で――」\ 彼方は、『にげる』コマンドを使った。 戦闘から逃げ出した。\ 【久上】 「彼方特派員、逃がしはしないぞ!  遠慮はいらない、彼方特派員が聞きたくないことも、喜んで教えよう!」\ おおっと回り込まれた。 戦闘からは逃げられない。\ 【彼方】 「迷惑すぎる……」\ 【久上】 「ふむ、浅慮だな、ここで逃げた所で自分が諦めると思うか!?  例え地の底、空の果て、成層圏すら乗り越え追いかけるつもりだ!」\ 【彼方】 「もはや宇宙規模のストーカーだよ、それ!  本当にやりそうで、背筋がうすら寒い!」\ 【久上】 「そこまで嫌がることはあるまい。  話に付き合ってくれたなら、粗品も贈呈しようではないか!」\ 【彼方】 「……どうせロクなもんじゃないんでしょう?」\ 【久上】 「去る5月、切音の私服に身を包んだ、彼方特派員の写真とネガだ!  女装趣味を公然にバラ撒かれたくなければ、自分の話を聞くが良い!」\ 【彼方】 「てめぇ! あんなもん残してやがったのか!?  粗品じゃなくて、脅迫の取引品じゃねぇか!」\ 【久上】 「少し部室を漁っていたら、偶然にも出てきたのだがな!?  ふむ、なかなかに似合うではないか!」\ そう言って、胸ポケットから写真を取り出し、嫌な笑いを浮かべる先輩。 こちらからは白地しか見えない。\ 【彼方】 「ふ、ふふふ……だ、騙されませんよ、先輩。  あの時は、切音さんしか居なかった筈だ!」\ 【久上】 「顔色と声色と旗色が悪いな、彼方特派員!  動揺するということは、心当たりがあるという事だろう!?」\ 仰るとおりだった。 ほとんど負け確定の状況だった。\ /BGM変更/ 【久上】 「――と、まぁ彼方よ、この辺は冗談だ、軽口と思ってくれて構わない。  こんな写真ごとき、幾らでも譲ってやろう」\ ……久上先輩の雰囲気が変わる。 しかも、合図すら出されてしまった。\ 【彼方】 「……唐突にどうしたんですか、えらく真面目ですね」\ 【久上】 「正式な部員として扱うと、冒頭で言っただろう。  まさか、自分が本気でオカルトを調べていたと思ったか?」\ 【彼方】 「いや、うん、まぁ……………………割と本気で思っていましたけど。  利害云々を抜かして、そういうの好きなんじゃないですか?」\ 【久上】 「あえて否定はすまい――とはいえ、全くの無関係という訳ではないのだぞ。  後輩に無駄足を踏ませるほど、心は鋼鉄で出来てはいない」\ ……俺も、少しは気づいていた。 久上先輩には、何か別の目的があって、部活をしていることなら。\ 初めて言葉を交わした時と、学園で再会した時。 ギャップが酷すぎて、本当に同一人物なのか疑ったほどだ。\ 【久上】 「ふむ、彼方が1人で入部してくれたなら、当日にでも打ち明けただろうが。  奈々特派員も、始終ベッタリだったからな」\ 【彼方】 「含みのある言い方ですね。  言外に、奈々を仲間外れにすると聞こえますけど」\ 【久上】 「そういうことではない、単に優先順位と秘密主義の賜物だ。  身内に甘いことは、知り合った時に把握済みだ」\ 【彼方】 「……すみませんね、甘くて」\ 先輩の言っていることには、反論の余地が無い。 素晴らしいほどの人間観察だった。\ つまりは、俺が奈々に喋るという危険を考慮して。 今まで黙っていたわけか。\ 【久上】 「謝ることは無い、優先順位というものは得てして揺るぎにくいものだ。  それに――順位を変える気もないのだろう?」\ 【彼方】 「……それなら、どうして話すことにしたんですか。  俺が奈々にバラす危険が、まだあるってことですよね」\ 【久上】 「いや、秘密を漏らす心配はないだろう。  長年かかえて来た彼方の疑問にも、関わるかもしれんからな」\ /回想/ 奈々ちゃんのお父さんの名前――遠見さんだったかしら? /回想終わり/ /BGM変更/ 切音さんの言葉を思い返し、背筋に冷たい汗が伝い落ちる。\ ――彼女が知っているというのなら。 目の前のこの人が知っていても、何ら不思議ではない。\ 【久上】 「ふむ、中々に精悍な顔つきになったな。  出会ったときのことを思い出すぞ、彼方」\ そう言って、先輩はシニカルに笑う。 出会った時にも感じた、得体の知れない雰囲気を久しぶりに感じる。\ どこまで把握していて、どこまで手中にしていないのか。 全てを見通されているような、不快感。\ 【久上】 「それでこそ、自分が見込んだ御園彼方だ。  ――ここでは人目がつく、場所を変えようか」\ 先輩は俺の返事も聞かず、さっさと歩き出した。 ……俺がついて来ると、確信した足取りで。\ せめてもの反抗に、向けた背中に声をかける。 素直についてくると思ったら大間違いだ。\ 【彼方】 「……俺が話を聞くということを、前提にしていませんか?  別に俺は聞かなくてもいいんですよ?」 【久上】 「知らずに巻き込まれるのと、覚悟して巻き込まれる――  その違いだけだぞ?」\ 【彼方】 「…………」\ ぐうの音も出なかった。\ ……くそ、主導権はいつになったら俺のものになるんだか。 ったく、人の意思を尊重しない人たちだなぁ、ホント。\ /場面転換屋上青空/ /SEキィ、ガチャン/ 【久上】 「ふむ、澄み切った青空だな、心が洗われるようだ。  こんな日に野外戦闘訓練でもしたら、実に爽快だとは思わないか」\ 【彼方】 「思いませんよ……どうしてわざわざ屋上まで来たんですか。  内緒話なら部室でも良いでしょう」\ とりたてて、階段を昇りここまで来る必要はない筈だ。 この人は一体、何の話をしようというのだ。\ 【久上】 「部室では盗聴の恐れがあるからな、万全を期した。  両隣は空き部屋状態、誰かが聞き耳を立てている危険もある」\ 【彼方】 「……そんなことでかよ……美知代さんじゃあるまいし。  学校に盗撮器や盗聴器を仕掛けるヤツなんて――」\ 【久上】 「いないのなら、こちらとしても楽なのだがな」\ /BGM変更/ 【彼方】 「――――え?」\ 今、先輩がとんでもない事を、言わなかったか? 俺の言葉を遮って、何と言った?\ いないのなら? 美知代さん以外に、いないとしたら? それでは、まるで――\ 【久上】 「随分と驚いた表情だな、美知代顧問から聞いていないのか?  てっきり、知っているものとばかり思っていたが」\ 【彼方】 「いないとしたらって――それじゃあ、他にも……」\ 【久上】 「ふむ、彼方らしくないな、考察と推察が足りていないぞ。  少し考えればわかることではないか」\ 腕を組み、久上先輩が転落防止用のフェンスに寄りかかる。 金網が軋んだ音を立てて、先輩を受け止める。\ 【久上】 「何の理由もなく、美知代顧問が盗撮器などを仕掛けると思うか?  仮にも我が部活の名誉顧問だ」\ 【彼方】 「いや、でも……」\ 【久上】 「仮にも犯罪行為に手を染めようというのだ。  それが、趣味嗜好ごときで法を犯す訳がなかろう?」\ 【彼方】 「いや、趣味嗜好で法を犯すタイプだと思います……」\ 【久上】 「――犯罪と呼ばれる行為は、等しく大原則を持つ。  それが何かわかるか?」\ いきなり、抽象的な議論が飛び出す。\ 大原則。 それは犯罪を犯罪たらしめているモノ、共通する法則。\ 【彼方】 「……犯罪者にとって利益が出る、ですか?」\ 【久上】 「概ね正解だ――刹那の逡巡で、そこまで出るのなら充分だな。  言葉を置き換えるのなら、ハイリターンであるということだ」\ ハイリターンであること。 それが犯罪の大原則。\ 【久上】 「その言葉が気に入らないのならば、動機、としても良い。  何かの動機がなければ、犯罪は起こりえない」\ 【彼方】 「単なる言葉遊びじゃないですか……」\ 理由があるから、結果がある。 前提と過程を経て、結論が導かれる。\ 森羅万象、全てのモノに当てはまる大原則だ。 そんなことを確認して、何になる。\ 【久上】 「勿論、犯罪を起こせば、警察に緊縛されるというリスクも生まれる。  それが抑止力となって、無差別に犯罪は起こりえない」\ 【彼方】 「誰でも、両手に手錠は勘弁ですからね……」\ 【久上】 「逆を返せば、リターンがリスクを上回れば犯罪が起こるということだ。  リターン自体が、その当人にとってハイリターンとなればいい」\ 【彼方】 「……当人にとって? 何か含みのある言い方ですね?」\ 【久上】 「他人に理解されないリターンでも良いんだ。  くしゃみが煩い、殺せば止められる――それくらいでも良い」\ 【彼方】 「なっ……そ、それはちょっと良い過ぎですよ。  そんなこと、誰が思うっていうんですか」\ 【久上】 「それは、彼方にとってリターンが薄いだけだ。  世界人口60億人、中にはそれをハイリターンと捉える輩もいよう」\ 【彼方】 「……いませんよ、そんなヤツ、どこの赤い羊ですか」\ 【久上】 「ともすれば、リスクも大きいのかという議論も出来るが。  時間の価値を算出する方法が確立されていないからな」\ 軽口には軽口を。 皮肉には皮肉を。\ 【久上】 「要は、その犯罪を起こすだけの価値がある訳だ。  その人にしか分からん、理由というものが、な」\ 理解不能といった様子で、久上先輩が首を振る。 ……俺にも、そんなもの理解不能だ。\ 誰にも理解されることの無い理由でも。 リスクと天秤にかけて、リターン側に傾いたら実行する。\ 逆にリスク側が大きいと感じたら止める。 そんな機械のような2択、はっきりいって糞食らえだ。\ 【久上】 「――そう考えると、美知代顧問が盗撮しているという事実は、矛盾する。  リスクばかりがあり、リターンが少ないように見える」\ 【彼方】 「いや、それもどうかと……あの人はそういう人ですし」\ 【久上】 「ふむ? 彼方からするとそう見えるのか。  裸が見たいのなら、堂々と見に行くタイプだと思うのだがな」\ 【彼方】 「…………」\ ……確かに、美知代さんなら。 奈々の裸を見たいとなったら、風呂に覗きに行く筈だ。\ 実際、奈々の風呂を覗いてたし、乱入したことだってある。 わざわざ、盗撮器を仕掛けるような面倒をする人じゃない。\ 不特定多数の女性の着替えが見たいのなら、更衣室に行けば良い。 ……現実にそうしてる、という噂も聞いたことがある。\ 思い返すほど、あの人の馬鹿さ加減にウンザリするが。 ……盗撮というのは、リスクとリターンが釣り合っていない。 【久上】 「そもそも、更衣室だけではない、空き教室にも多数仕掛けられている。  盗撮ごときの道楽にしては、過剰な程にな」\ 【彼方】 「空き教室って……そんなところにどうして……」\ 【久上】 「また、そちらに仕掛けられた物の方が性能が上だ。  更衣室の機材など、比べ物にならん程に高性能だぞ」\ 【彼方】 「……どういうことですか?」\ 【久上】 「簡単なことだ――更衣室に仕掛けたのが、美知代顧問。  その他の場所に仕掛けたのが、美知代顧問ではない誰か、ということだ」\ 意味が、わからない。 空き教室に多数? 高性能?\ 【久上】 「これはこうも考えられる――  『その他の場所』が更衣室だった、だから美知代顧問が『設置した』」\ 【彼方】 「……それは」\ つまり、美知代さんよりも先に、盗聴器などを仕掛けたヤツがいて。 その後に、美知代さんが仕掛けた……?\ 【久上】 「すると、非常に話が自然になる。  ――校内に多数、犯罪物を設置する人物がいた、仮に犯人Aとしよう」\ 先輩が人差し指を立てる。\ 【久上】 「次に、それを美知代顧問が発見する。  勿論、誰が置いたものなのか、疑問に思うだろう」\ 続いて中指、薬指が立てられる。\ 【彼方】 「……ハムラビ法典ですか」\ 【久上】 「ハンムラビ法典の方が、発声に近いのだがな。  目には目を、歯には歯を、カメラにはカメラを、盗聴器には盗聴器を」\ 先輩は小指を立てる。 【久上】 「仕掛けた盗撮器が犯人Aを映せば僥倖。  虫であっても、その動きが察知できれば良い」\ やれやれ、と溜息をつき先輩がかぶりを振る。\ ……なるほど、そういうことか。\ 犯人が、他の場所に設置しようとしたら。 美知代さんのカメラが、それを映す。\ ――ちなみに、盗聴器を英訳するとバグ、つまり、『虫』。 たしか、軍事関係の隠語だった気がする。\ 【久上】 「勿論、それだけではないぞ。  さすが美知代顧問というべきか、これには2重にも3重にも意味がある」\ 【彼方】 「……というと?」\ 【久上】 「もしも、その場所に犯人Aの盗撮器があったとしても。  『盗撮器を仕掛ける場所を探している』と誤解させることが出来よう」\ カメラが仕掛けられていないかを調べる時に。 そこにカメラがあったのなら、間違いなく挙動不審の美知代さんが映る。\ 犯人Aは焦るだろう。 それは、他の場所に仕掛けた自分のカメラに、気づかれたということだ。\ ……しかし、『美知代さんの』カメラ位置を探すという目的ならば。 部屋の隅々をウロウロする美知代さんの映像は、理解が出来る。\」 【久上】 「――仮に犯人Aが、美知代顧問の意図に気づいたとしても。  やはりそれは、犯人Aにとってリスクが増えたことにしかならない」\ 【彼方】 「……犯人Aが他の場所に仕掛ける時、自分の姿が映るかもしれない」\ リスクという抑止力。 犯人Aにとってのリスクは、美知代さんにとってのリターンだ。\ 【久上】 「それ以上の拡散を防ぐ、という意味で効果的だな。  犯人Aに好き勝手にやらせないという、宣言なわけだ」\ 【彼方】 「……犯人Aにしたら、たまったもんじゃないですね」\ 除去することも、増台することも、四方塞がり。\ 【久上】 「極めつけは、犯人A以外の者に見つかってもリターンが出るということ。  まさしく文字通り、巻き餌だな」\ 【彼方】 「……巻き餌? どういうことですか?」\ 【久上】 「ふむ、具体的に言った方が分かりやすいだろう。  彼方は、カメラが仕掛けられていることに気づいたらどうする?」\ 【彼方】 「え? いや、男の意見ですけど、怒りが沸いて誰が仕掛けたとか……。  他にも、仕掛けられて無いだろうなとか……え……あ……?」\ ……うわぁ……なんだこれ……。 考えれば考えるほど、背筋が寒くなるんですけど……。 【久上】 「そう、他にもカメラが無いか探すだろう? ――自分のように、な」\ なるほど、としか言い様が無い。\ 【彼方】 「……それで、怒りに任せ他のカメラを壊してくれたら万歳。  自分で見つけられなかった物でも、他の誰かが見つけるかも……」\ 【久上】 「自分の場合は、美知代顧問だけにしか到達できなかったがな。  犯人Aに到達できる人物も、いつの日か現われるかもしれん」\ 本当に、なんだこれは。 他人の行動心理まで利用するような、うすら寒い作戦だ。\ 【久上】 「1人でダメなら、誰かを巻き込めば良い。  ……ふっ……この自分が掌の上で踊らされようとは、生涯の汚点だ」\ 先輩は、カメラについて美知代さんに問い正したことがあると。 ……いつの時だったか、聞いたことがある。\ 【彼方】 「リターンばかり、ですね……」\ 【久上】 「警察が介入するというリスクも、美知代顧問にはあっただろうが。  それすらも、犯人Aを捕まえられるかもしれないというリターンだ」\ 【彼方】 「死なばもろとも……ですか……。  いかにも、あの人が考えそうなことですね……」\ 正義感にあふれていながら。 自分は正義を貫かない、どこまでも馬鹿な教師の、考えそうなことだ。\ *story2day2ep ……理解が、出来ない この鬼が何を考えてそんなことを思うのか\ この鬼は 『自分を消す』と、言う\ 自分を消す     自分を殺す         自分を滅したいと願う\ 【鬼】 「理解できません、って顔だなぁ、おい?」\ 【??】 「……当たり前じゃない  そんなことのために『この世界』を壊すって言うの?」\ 【鬼】 「そんなこと、ねぇ? っは! そんなことか?  お前さんはこんな物語が楽しいってぇのか? っは! ははは!」\ ふざ……けるな ふざけるのも大概にしろ……\ 【鬼】 「じゃあ、逆に聞くけどよ、お前さんは思ったこと無いわけか?  自分にゃあ生きている価値なんざねぇって、んな経験がねぇか?」\ 【??】 「……」\ 生きる意味     生きる価値         生きていくだけの、覚悟\ 【鬼】 「自分は生きているだけで、周りの人間の迷惑なんじゃねぇか?  存在するだけで、世界が穢れていくんじゃねぇか?」\ 【??】 「……」\ 【鬼】 「いや、迷惑どころじゃねぇ。  自分は『悪』そのものじゃねぇかって思ったこと、微塵もねぇってか?」\ 自分の存在を疑問視する ……それは、人として生を受けて、誰もが思うことだろうか?\ 生まれてきて、ごめんなさい     生きていて、ごめんなさい         生きていきます、ごめんなさい\ 昔の偉人の言葉はどれだっただろうか?\ 【鬼】 「おれの人生に、どれほどの価値があるってんだ?  おれが生きてる世界に、どれほどの価値があるってんだ?」\ 【??】 「……知らないわよ」\ 【鬼】 「てめぇの人生に、どれほどの意味があるってんだ?  てめぇが生きてる世界に、どれほどの価値があるってんだ?」\ 【??】 「知らないわよ」\ 【鬼】 「っは! っははは! あっはははははははははははははははははははは!」\ 嘲笑が部屋に満ちる 全てを嘲笑い、貶め、哄笑し、中傷する鬼の笑いが\ ただただ、笑い声だけが部屋に響き渡る\ 【??】 「――誰かを助けるために、自分が死ぬっていうの?」\ 【鬼】 「ああ、そうさ」\ 【??】 「何かを壊すために、自分が死ぬっていうの?」\ 【鬼】 「ああ、その通りだっつってんだろ」\ 【??】 「知っているかしら? それを人は自爆テロって言うのよ?」\ 【鬼】 「死ぬなら勝手に死んでろって面だなぁ?  だからよ、勝手に死ぬって言ってんだろ?」\ 理解が出来ない、思考回路が追いつかない 何を望んで、この鬼は自らの存在を否定するのか\ 【鬼】 「っは! 感謝されても恨まれる筋合いはねぇ筈だぜ?  こんな世界、お前らにとっても迷惑なんじゃねぇのか?」\ 【??】 「……」\ 確かに、この鬼が言う通り 感謝する義理はあっても、恨む筋合いはない\ この鬼から始まった何もかもが狂った世界 人も鬼も願いも希望も終わらない、この運命\ それを、始めた鬼が終わらせると言うのだ 一体、誰が止められるというのだろうか\ 【??】 「……本気なの?」\ それでも、私は信じられない\ 【鬼】 「そんなに疑うなよ。  おれは冗談は言っても、嘘はつかねぇ主義でね」\ 自ずから命を絶とうという鬼と 己ずから物語を断とうという私\ 【??】 「冗談でしょ?」\ 【鬼】 「すまねぇ嘘だ」\ 人ではない鬼がつく、嘘 人ですらない鬼がつく、冗談\ ……どちらが嘘だと言うのだろう?\ 自分の存在を消そうとすることが? それとも、嘘をつかないということが?\ くっくっく、と腹に溜める様に笑い、鬼は私に向き直る 人を食った笑いを浮かべ、物語を全否定する鬼が笑う\ 【鬼】 「ま、おれのやることなすこと全て冗談みたいなもんさ。  人間様に全部を理解してもらおうなんざ思っちゃいねぇ」\ かぶりをふり 鬼は儚い笑いを浮かべる\ 【鬼】 「ったく――どいつもこいつも理解してもらおうと必死すぎなんだよ」\ 理解し、理解してもらう 人の生きていく中で最も大切なことを、鬼は鼻で笑う\ 【鬼】 「どんだけお前らは寂しがりやなんだ?  生きていくには群れの中が1番心地良いってか?」\ 【??】 「……いいじゃない、大いに結構なことでしょ」\ 【鬼】 「結構じゃねぇさ、冗談じゃねぇよ」\ 床に唾を吐き、鬼はこの世を苛む\ 【鬼】 「そもそも、自分のことを理解してもらう前の話だろ。  お前らはそれと同じくらいに、他人を理解してる努力をしてるのか?」\ 【??】 「……それは」\ 【鬼】 「語るだけ語って、騙るだけ騙って、象るだけ象って、偏るだけ偏って。  ……んな奴が多すぎるって思わねぇか?」\ 【??】 「……そうね」\ 言葉だけを尽くし、欺瞞だけを吐くし、偶像と妄想だけに憑かれ ただ、日常を怠惰に過ごしていく\ ……そんな夢のような世界で 私たちは、生きている\ 【鬼】 「てめぇらは何のために生きてるんだっての。  っは! いい加減にしろっての、そろそろ理解しろよ」\ 生きることの意味     語ることの意味         理解することの意味\ 【鬼】 「そりゃあ、楽だよなぁ?  言いたいことだけ言ってりゃ許される世界だ」\ まったく……と、鬼は洩らし その通りね……と、私は漏らす\ 嘲笑と疑惑と皮肉と中傷を詰め込みすぎた、会話を続ける\ 【鬼】 「――で、だ?  いつになったら、あんたはその物騒なものをしまってくれるんだ?」\ 私の手に握り締められたナイフを見やる\ 【鬼】 「小学校くらいで習わなかったか?  刃物をちらつかせながら会話なんてしちゃいけません、ってな?」\ 【??】 「……許す意味なんて、この世界には関係ないわよ。  世界がどうとか物語がどうとか、いい加減にするのは貴方の方ね」\ 【鬼】 「……おいおい? 何の話だ?」\ 【??】 「わからない?」\ そう言葉を切って、鬼に向き直る\ 世界を狂わせた存在、物語を狂わせた存在 ……私を狂わせた存在\ 【??】 「決まってるでしょう」\ 刃を手にして 刃を心にともして 私は――\ 【??】 「――貴方を許すつもりなんて、さらさら無いのよ」\ *story2day3op 【鬼】 「……」\ 【??】 「……」\ 【鬼】 「本気かよ?」\ 【??】 「残念ながら、大真面目よ」\ 【鬼】 「おいおい、さっきも言っただろ? あんたがおれに勝てるとでも……」\ 【??】 「ええ、思っても無いわ。  私が貴方に勝てる可能性など、万に1つも無いわね」\ ……だからといって 何もせずこの鬼の行動を見守ることなど、私には我慢がならない\ 【鬼】 「……」\ 【??】 「……呆れた、って面構えね?」\ 【鬼】 「そら呆れちまうさ、無謀というか――無駄だろ?」\ 無謀、無駄、無策、無意味 この場面で私が彼に挑むことなど、何の有為があるだろうか\ 【鬼】 「なぁ、言って良いか?  お約束っちゃ、お約束なんだけどな?」\ 【??】 「ええ、どうぞ」\ 【鬼】 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄WRYYYYYYYYYY!!」\ 【??】 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラてめぇは俺を怒らせた!!」\ お約束だった\ 【鬼】 「っは! ははは! あっははははははははははは!  いいねぇ、いいねぇ! ホント良い女だよ、あんた!」\ 【??】 「満足したかしら? お褒めに預かり、至極恐悦ね。  貴方に褒められた所で、何の自慢にもなりはしないけれど」\ 【鬼】 「で、何の為に、そんな無駄なことをやっちゃうわけですか?  オツムの弱いおれ様の為に、ちょっくら説明してくれや」\ 【??】 「だから、無駄だと分かっているじゃない。  こんなもの、終わった物語の惰性でしかないわ」\ 【鬼】 「そこまで分かってて……やるのかよ?」\ 【??】 「さぁ……もしかしたら、何もわかってないのかもね」\ 【鬼】 「っは! そりゃ傑作だ」\ 楽しそうに鬼は笑い、1歩距離をとる\ 【??】 「貴方の方も薄々感じていたのでしょう?  さっきから、一定の間合いを計ってたじゃない」\ 【鬼】 「そりゃあな、目の前で刃物を構えられてたら、誰でも警戒するさ」\ ……本当にやり合うつもりとは思ってなかったけどな、と鬼は言葉を続ける\ 【??】 「警戒ではなく、威嚇の間違いでしょう……」\ 【鬼】 「っは! っははは! あんたも大したタマだよ。  あれだけ会話した中で、隙らしいもんが無かったからな」\ 【??】 「……見え見えな世辞はやめて欲しいわね」\ そもそも この鬼に、隙など意味が無い\ 【鬼】 「っは! 別に煽ててるわけじゃねぇよ。  あんたの年齢にしちゃ、たまげた集中力さ」\ 【??】 「そう、ありがと」\ 1歩踏み込む\ 【??】 「それで――貴方は、やるつもりはないの?」\ 【鬼】 「ねぇな、微塵もありゃしねぇ。  むしろ何処の誰が好き好んで殺し合いをやりたがるっての」\ 私の踏み込みにも何の構えを取らず 徒手空拳のまま、鬼はへらへらと笑い続けている\ ……そっちがその気なら、こっちにだって考えがある この鬼を殺る気にさせる、最後の方法を使う\ 【??】 「じゃあ――ミミちゃんの方を狙わせてもらおうかしら?」\ 【鬼】 「……」\ ――部屋の空気が変わる 鬼の目が変わった\ 【鬼】 「……冗談にしちゃあ、笑えねぇな?」\ 【??】 「私は本気よ?」\ 冗談で、命知らずな発言が出来るはずがない 私はいつでも大真面目だ\ 【??】 「言ったでしょ? 貴方を許すつもりなんて無いのよ。  それが外道と呼ばれる方法も、私は躊躇なく実行するわ」\ この世界を作り、この物語を作った張本人が ――許されるとでも、思っているのか?\ 【鬼】 「っは! 許してもらおうなんざ思ってねぇっつーの」\ 【??】 「そう、なら話は早いじゃない、私は許さないって言ってるんだから」\ 【鬼】 「へぇへぇ、わかりました、分かりましたよ。  あんたの覚悟は充分に伝わったよ、めんどくせぇやつだな、ったく」\ 大げさに両の掌を天井に向け 嘆息しながら鬼は私に殺気を向ける\ 【鬼】 「――で? おれと戦って、どうするんだよ?  あんたがおれに勝った所で、何かが変わるって訳でもねぇだろ?」\ 【??】 「……そうね、どうしようかしら」\ 億に1つの可能性として、この鬼に勝てたら 前任者である彼に、兆に1つの奇跡が起こせたら\ 【??】 「そこまでは考えて無かったわね」\ 【鬼】 「……っは! ははは! いいね、いいねぇ!  その行き当たりばったり思考! いや、この場合は嗜好か?」\ 【??】 「どっちでもいいわよ、言葉遊びなんて」\ 【鬼】 「っは! どっかの誰かが泣いて悔しがりそうな台詞だなぁ、おい」\ ……そうか、この鬼を許さないとだけしか考えてなかったから その次のことまで、頭が回ってなかった\ 【??】 「どうしようかしら? 貴方はどうすればいいと思う?」\ 【鬼】 「まず考えるべきは、叶える願いだな……。  あんたは何を望むんだ?」 私は何を望むと言うのだろう 私は何を叶えると言うのだろう\ 【鬼】 「ま、一から六まではきちんと揃えたっぽいからな。  あんたの名前の七を合わせりゃ、何でも叶うらしいぜ?」\ 【??】 「っぽい、と、らしい、ね……。  それも本当かどうか怪しいものだけど」\ 【鬼】 「っは! 少なくとも2度目なんだから、きっと大丈夫なんじゃねぇか?  しらねぇけどな」\ 【??】 「それもそうね」\ 誰も確認できない願いの形 誰も語れない世界の形\ そんなことで、命を遣り取りするなんて ――何と、馬鹿げた世界なんだろう\ 【??】 「そう、ね……」\ 私が鬼に勝って、一から七を揃えて、叶えるべき願い\ ……こういうのは、どうだろう?\ 【??】 「貴方を消すってのは、どうかしら?」\ *story2day3ep 【鬼】 「……」\ それは鬼の叶える願い\ 【??】 「私が勝ったら、貴方を消してあげるわ」\ 【鬼】 「……」\ 呆気にとられたように、鬼が黙り込む\ 【??】 「聞こえなかったかしら?  私が勝ったら、貴方の存在を世界から消してあげるわ」\ 【鬼】 「……っは……っははは……」\ 肩を揺らせ笑い出す 馬鹿な願いを叶えようという私を笑い飛ばす\ 【鬼】 「っははははは! あっはははははは!」\ 純粋な笑い声が、部屋に響く 子供のような奇声が、私の目の前で生み出されていく\ 【鬼】 「あっははははははははははははははははははははは!」\ 心底おもしろそうに、魂から笑い転げる\ 【??】 「そんなに面白い?」\ 【鬼】 「っははははっは! そいつはいいな! ははは!  洒落が効きすぎだろ! っはははははは!」\ この鬼を消す 私が望み、世界が望み、鬼自身が望み、誰もが望んだ、願い\ ……それを叶えてやる\ 【鬼】 「っははははは! わ、笑い死ぬ! 腹がいてぇよ! ははは!  あっははははははははははははははは!」\ 鬼は笑い、床を転げまわる その後、涙を浮かべながら 鬼は私に疑問を投げかける\ 【鬼】 「――それが何の得になるんだよ、あんたには?」\ ??「あら、貴方が消えれば万事うまくいくんでしょう?」\ 鬼「人間万事塞翁ヶ馬ってか? まぁ平和にはなると思うぜ?」\ ??「その格言の意味を考えると使い所を間違えている気がするけど……なら、それでいいじゃない」\ 私は話を切り上げようとし、@ 鬼は話を切り上げまいと言葉を続ける\ 鬼「よくねぇさ……」 私の無意味な行動に疑問を投げかける\ 鬼「このまま殺しあわなくても、おれは消える。@殺しあってどっちが勝っても、おれが消える」\ 私の馬鹿な行動に疑惑を投げかける\ 鬼「まるっきり無駄な話じゃねぇか、あんたに何の得があるってんだ?」\ ??「利益云々じゃないわよ」\ 損得勘定で、この世界が語れるか@ 算盤計算で、この世界で生きていけるか\ ――私は、ただ許せないだけだ\ この鬼が@ 何もできなかった私が@ ただただ許せないだけなのだから\ ??「このまま何もせずに貴方を見送るなんて、許せないだけよ」\ 鬼「っは! ……ホント、おまえらは無駄なことが好きだよな」\ 私の何の価値もない行動を、鬼は遠慮も無く切り捨てる\ 鬼「無駄なことばっかしやがって、それで何がしたいんだ?」\ 笑いながら、全てを否定する鬼と\ ??「さあ? 何もしたくないだけじゃない?」\ 恍けながら、全てを曖昧にする私が\ 鬼「おまえらの人生、無駄だらけじゃねぇか、もっと豊潤な人生送れっての」\ 迷いも無く、綻びを指摘する鬼と\ ??「知ってるかしら? 遊戯ってのは須く無駄だそうよ?」\ 戸惑いも無く、好きな人を惨殺した私が\ 「自分の人生には意味なんて無かったけどな」 「自分の人生には意味なんて無かったわ」\ 初めて……言葉を重ねる\ 何の意味もない会話と人生を、重ねる\ 鬼「っはははははははっははははははははあはははははははあああああああああああああ!」\ ??「……」\ そうやって\ 笑いを狂い咲かせ、世界を楽しむ鬼と@ 言葉を狂い裂かせ、世界を憂う私の\ ――誰も知らない、戦いが始まる\ 鬼「なら、開幕と洒落込もうか」\ ??「閉幕の間違いでしょ?」\ 鬼「っは! 違いねぇ!」\ そうして終わる@ ある世界の彼方の物語\ 鬼「精々願っとけよ、@ ……となりに、おれが居ないようにってな」\ *story2day4op ;SE「ズガ」 私の身体が1m後方に跳ぶ\ 衝撃が私の腕に伝わり、思わずナイフを取り落とす\ 鬼「……へぇ……まぁそこそこって所だな?」\ ??「っつ……」\ ……改めて、こいつはイカレてる、と思った\ ??「どういう……頭してんのよ……」\ こいつは、@ 目の前に構えた私のナイフを『狙って』、殴りつけてきた\ ……次元が違う\ 鬼「っは! てめぇ、誰を相手にしてると思ってんだ?」\ ??「……そう思って、ナイフを構えてたんだけどね」\ ……殺し合いで、取っ組み合いをするのは馬鹿のやることだ\ 縺れ合う様に攻撃を繰り出すなど、そんなのは只の喧嘩でしかない\ 相手の顔に手が届くなら、真っ先に目を潰す\ 相手の指を掴んだのなら、真っ先にその指を折る\ ……私がしているのは、そういう血生臭い殺し合いだ\ ??「……まさか間合いを取るための武器を殴るなんて、思ってもみなかったわ」\ 殺し合いだからこそ、自分が不利になる状況は作らない\ 怪我をすること、痛みを作ること……そんなのはもってのほかだ\ だからナイフを前に構えた@ 相手が容易に攻撃へ移れないように\ 鬼「こっちの右手の代わりに、そっちは両手だろ? っは! これでナイフを持てない訳だ」\ ??「……」\ 両手で構えたのが仇になった……@右指2本・左指1本が折れている\ 鬼「ま、こっちは左手が健在だから、武器を使えるわけだが」\ ……そう言って、右手を血に染めながら鬼は果物ナイフを取り出し、私に突きつける\ ??「……肉を切らせて骨を絶つ、言葉どおりね……」\ 彼は右手を捨てて@ 私は武器を捨てさせられた\ 鬼「」