「まずはシャワー浴びましょうか」
俺はそう言って、吉田さんの服を脱がし、自分の服も脱ぐ。
風呂場に先に入り、シャワーの温度を確認する。まずは軽くお湯を流してから、ボディーソープと一緒に置いてある薬品で股間を洗う。
この薬品は、医者も使っているもので、傷があるととても痛くなるようにできている。つまり股間に傷がないか確かめるためのもので、性病の予防だった。とはいえ反応のある人は滅多にいないとのことで、俺も反応のある人とは一度も出会わなかった。
それからボディーソープで体を洗い、風呂から上がったらイソジンでうがいをさせる。この流れは決まりごとのひとつだ。

 日付が変わるころ、ようやく裸でベッドへ入る。
タチの吉田さんのリードで、キスや愛撫をしてくる。それはどこにでもある普通のセックスだった。
(何だろう。思ったより嫌じゃないというか、別にいつもと変わらないなあ。緊張するかと思いきや、仕事という気持ちのほうが強くて冷静になるし。でも、気持ちいいところは気持ちいいし。フェラも嫌じゃないというか、作業みたい)
何度もしてきた、好きじゃない男とするセックスとあまり変わらないというのが最初の感想だった。
「入れたくなってきちゃった。いい?」
そう聞かれた時、ようやく緊張が走る。
バック(挿入)があるとわかっていたし、バックOKとサイトにも載せている。しかし俺はそこまで経験がなく、入れられて気持ちよくなったこともあまりない。何より不安にさせるのは吉田さんのデカさと硬さだった。
(コレ入んの!? 痛かったらどうしよう……)
吉田さんを仰向けに寝かせ、その上に俺がまたがる。最初は騎乗位で入れるというのも研修で教えてもらったことだった。
コンドームとローションをつけて、自分の穴も指でほぐす。
(そういやケツ使うの何時ぶりだったっけ。前の彼氏とはなかったから……) 
恐る恐る挿入する。不安は的中し、一瞬で激痛が駆け巡る。
「ぐわあぁぁっ……!」
明らかに快感ではなく、痛みを訴える声が出る。しかしやらなくちゃいけない。これがメインなのだから。
「うぅっ、痛っ、痛い……っ」
激痛と異物感。力を抜いたほうがいいとよく言うが、異物を出してしまいたいという本来の役割の気持ちが大きく、力が抜けない。

痛いと訴えれば止めてくれるかも、という淡い期待をよそに、吉田さんは腰を振ってくる。
「すみません、ちょっと痛いんで後ろからやってもらっていいですか?」
体位を変え、俺が四つん這いになり、吉田さんが後ろから入れてくる。
しかし激痛が変わることはなく、まるで妊婦の叫びのような声ばかりが出てしまう。吉田さんはどうやら気持ちよさそうだ。
「ハァ~、気持ちいいよ……」
だったら早くイってくれと思うが、その気配はない。
意味がないとわかりつつも、一度抜いてほしいがために、また体位を変える。今度は正常位だ。
「ぐっ、ぐぐっ……ツっ……!」
痛い、気持ち悪い、痛い、気持ち悪い。交互にこの感覚が続いていき、慣れることがない。ガマン、我慢しなくちゃいけない。でも痛い。
吉田さんは10分くらい変わらないペースで腰を振り続けていたが、イくのはずっと先だろうと思うと耐えることができず、俺はついにギブアップしてしまった。
「ごめんなさい、今日、ちょっと、無理です……っ」
辛そうに訴えるが、向こうにとってはいい迷惑だろう。しかし礼儀正しく優しい吉田さんはすかさず抜いてくれる。
「そっか。じゃあ止めておこうか。手でヤってくれる?」
優しい。しかしこの優しさも痛い。むしろ嫌がってくれたほうが我慢できたかもしれない。
結局お互い手コキでイき、ティッシュで体を拭くと吉田さんはしばらく寝るね、と言いすぐに眠ってしまった。
俺も眠ろうかと思ったものの、眠れない。
(できなかった。ウリセンなのに。プロなのに……)
イかせられなかった申し訳なさや、これでお金をもらっていいのかという罪悪感や、満足に仕事ができない悔しさや、いろんな感情が混ざりあう。

 結局、一睡もできずに夜が明け、朝の8時頃に吉田さんは目覚めた。
「おはようございます」
「ん。おはよ」
残された時間はあと一時間だが、せめてもう一度求めてくれればな、と思う。そうすれば、性的な価値があるということになる。
しかし、大した会話もなく吉田さんは歯磨きをしたり、帰り支度をはじめた。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「あの、今日はすみませんでした」
「大丈夫だよ。そういう時もあるから」
部屋を出て、エレベーターまで送り出す。ボタンを押すとすぐに扉は開き、吉田さんが入っていく。
「ありがとうございました」
そう言って俺は、エレベーターの扉が閉まるまで頭を下げ続ける。感謝と反省の気持ちと、最後の顔を見たくないという思いがあった。
(ようやく終わった……長かったなあ。半日だもんなあ)
部屋に戻り、まずは店に電話を入れる。出たのは眠そうな声をしたオーナーだった。
「あの、アツヤです。いま吉田さん、帰られました」
『あー、そう……お疲れ様。どうだった?』
「うーん、普通の方でした」
自分の失敗は、とりあえず隠すことにした。とはいえオーナーも、形式的に聞いたという感じで、さほど興味もなさそうだ。
『この電話、いま事務所に誰もいないから俺の携帯に転送されてるんだけどさ。店への精算は次回、事務所に来たときでいいから。鍵はポストに入れておいて。じゃあ、お疲れ様』
オーナーはそう言って、電話を切った。
掃除や後片付けをして個室を後にする。こんな早い時間に新宿へいるのは久しぶりだった。2月の風は冷たく、疲れた目を強引に覚ましてくる。
(人の少ない新宿って気持ちいいな。でもいまは、早く寝たい)
心身ともに痛みを抱えたまま、ウリセン初仕事はこうして幕を閉じた。